抗争一戦目 カフェの店員
【抗争一戦目 カフェの店員】
鳴り響く銃声。
重圧な緊張感。
度重なる抗争。
あの日友人の死を境に、それらのものに何にも感じなくなってしまった。
世間には絶対に言えないことだが、元刑事である師法には、唯一無二の友人がいた。
それが刑事とは敵対する極道の者であったことは、おそらく誰も知らないこと。
それでも、友人の死をきっかけに、本来自分が守るべき秩序や法の正しさを信じられなくなってしまった師法は、これまで懸命に尽くしてきた刑事という職務を放棄した。
どこか誰も知らないところで、静かに考えたかった。
友人がなぜ死ななくてはならなかったのか。
頭の中で整理しても、追いつかない。
途方にくれるようにさまよっていたそんなある日、師法の物語は、思わぬ方向へと一転してしまう。
「師法さん、おひさしぶりですねぇ。随分と浮かない顔をしておりますが、何かありましたかね?」
カフェのマスターである一鍼が、コーヒーを飲みにきた師法の顔を見るなり「おや」と眉をひそめ、そんなことを聞いてきた。
友人が死んでしまい、なおかつそれが極道の人間だったなんてことは、元刑事としては口に出せる内容ではない。
完結に答えることを、師法は選んだ。
「…大事なやつをね、亡くしたんだよ」
「ほお。それは、お気の毒に…少し、つかぬことをお聞きしても?」
「カフェの店員は、そんなにつっこんで聞いてくるものなのか」
「いやぁ、はは。まあ、性分でして…というよりは、私の職業柄ですかねぇ」
「職業柄?」
「亡くなったご友人というのは、桃ゐ組の元組長…竜宮さんじゃあないですかねぇ?」
「お前…!」
「いやいや、そんな怖い顔をなさらずに。ほんの少し、噂を聞いただけですよ。ですが、そのご様子だと、図星のようですねぇ」
「…ほんの少し?私は誰にもそんな話をしたことがない。当てずっぽうならやめたほうがいい」
「当てずっぽうなら、こんな話はしませんよ」
「…何を知ってる」
「竜宮さんもね、ここの常連さんだったんですよ」
「うらが…?」
「お話聞いておりましたからねぇ。『大切な友人が居るが、なかなか会えないんだ。元気に街中駆け回ってる姿を見れたら、いまはそれでいい』ってな具合に」
「…それで、どうして私だと思ったんだ」
「だから、聞いていたからですよ。噂を」
ニヤリと一鍼は口の端を緩めると、淹れたてのコーヒーをコトリとカウンターに乗せた。
「警察沙汰になっても、何故か桃ゐ組は軽く牽制を受けるだけで裁かれることがない。対して竹取組は、警察からもやたら追われ続けていて身動きが取れない状態だった。けれどまあ、ここ数ヶ月は、どういった心境の変化か警察も桃ゐ組に張り付いていたみたいですね。その隙をついて竜宮さんは殺された、と。そんな噂ですかね」
「どこからそんな噂を…」
「言ったでしょう?職業柄ですって」
「だからどうしてそんなに詳しいんだと聞いている!」
ダンっと、師法は妙な焦りからカウンターを強く叩いた。
かすかに目を細めた一鍼は、また、ニタリと笑った。
「気になるようでしたら、こちら側に来てみますか?後戻りは、きっと出来なくなりますが」
「こちら、側?」
訝しむ師法に怪しい笑みを浮かべて、一鍼が慣れた手つきで一枚の名刺を取り出した。
「あんまり滅多なことでは教えないようにしているんですけどね、師法さんがこんなに落ち込んでいますから、放ってはおけませんねよねぇ」
含むように口元を緩める一鍼。
手元に渡ってきた名刺を見つめて、師法は息を積めるようにそれを読み上げた。
「情報屋……」
師法がそう声にこぼした時、一鍼がさらに口の端を吊り上げた。
「改めてご挨拶にかかります。私、一鍼ヌイ。裏じゃそこそこ名の知れた情報屋でございます。あなたが欲しい情報、手元にあればすぐにでもご提示いたしますよ。代金は要りません。その代わりにいただくのは、相応の情報です。さあ、何か知りたいものがあれば、お聞きになるといい」
一鍼はそっと師法に顔を近づけて、耳元で妖艶に囁いた。
「…あなたが知りたいのは、竜宮さんが死ななくてはいけなかったその理由、といったところでしょうか?」
「……ッ」
「さあ、お代をどうぞ。あなたは元刑事…手元にある情報は
数多でございましょう?その一つを支払うだけですよ」
甘く囁く一鍼に、師法は黙り込む。
やがて選んだ選択。
それが師法の人生をさらに深い闇へと突き落としていくとをたしかに知っていたのに、師法は選んだ。
ただ一つ。
胸に友人の死に顔を思い出して。