愛のメロディー | ナノ

幼い頃私は身体が弱くて、しばしば病院に入院していた。
気温が高くなる夏はそんな私が夏バテにならないか心配した祖父母に招かれて毎年夏休みは軽井沢で過ごしていた。
虚弱な体に嫌気がさしていたけれど…小学生の夏休み、一度だけこの体に感謝したことがある。


「どうしたの?」


散歩の途中、歩き疲れて木に寄りかかって木陰で休んでいると男の子が覗き込んで私に声をかけた。
その表情は太陽の光が逆行となって見えなかったけれど、声は心配そうな声色で心配していることがよくわかった。


「疲れたから、きゅうけいしているの」

「どうして疲れてるの?」

「散歩をしていたから」

「きみはここの子なの?」

「ううん、東京からきたの」

「俺も!東京からきたよ!」


彼は楽しそうに自分のことを語ってくれた。
家族のこと。妹が生まれたこと。小学校の友達のこと。バスケットボールが好きだということ。どんないたずらをして、成功したとか叱られたとか。
学校に行けなくて友達の少ない私には彼の口から飛び出す話の一つ一つがキラキラしていて、凄く楽しくて、時間を忘れて空がオレンジ色になって心配した母が迎えに来るまで、私達はずっとお喋りを楽しんだ。
今思えば、遊び盛りの男の子が動き回る遊びをせずにずっとお喋りしてくれていたのは辛かっただろう。私の体の不調を気遣ってくれたのだろうか。
その日は明日同じ場所で逢う約束をしてさよならをした。

次の日から彼とは夏の間中いつも一緒にいて外を遊んで回った。
不思議と私の体調も崩れることがなく、毎日毎日互いの別荘を行き来しておやつを食べて昼寝をしたり、彼の妹の面倒を見たり、外で走り回って遊んで、毎日が私にとって宝石のようにキラキラ輝いていた。
彼の名前はかずなり君というらしい。
漢字は教えてもらえなかったからひらがなでしかわからない。
毎日逢ううちに私の中に、彼に対して小さな恋心が芽生えていった。


毎日毎日遊んで、8月の終わりに差しかかろうというころ。
私の身体の中の病気が顔を出し始めた。


「ねえ!ねえ大丈夫!?」

「は…はぁ…く、るしい…」

「薬は!?どこにあるの?」

「かばん、のなか…」

「見つけた!くすり、飲んで!死なないで!!」


事前に私の体の事を私の母から聞いていたかずなり君は迅速に私に薬を飲ませてくれた。
私の体をぎゅっと抱きしめて、呼吸が整うまで背中をさすって。
ずっと耳元でお願い、死なないで、生きて、死なないで、という必死な声が霞む意識の中聞こえていた。

その年の軽井沢で私が覚えている記憶は、ここまで。

気がついたら軽井沢でお世話になっている病院のベッドの上で、私の体調が戻り次第別荘には帰らずそのまま東京に帰る事になってしまっていた。
その間かずなり君は、お見舞いには来なかった。


その後私は祖父母が鬼籍になるまで毎年軽井沢へ赴いて出逢った木の場所へ通ったけれど、かずなり君はとうとう現れなかった。

ありがとうと、死なないで生きてと言ってくれた彼にお礼が言いたかった。
あなたのおかげで私は生きているし、生きようと思ったと恋心を抜きにしてもお礼が言いたかった。
けれど…これだけ長い間逢えないと、もうかずなり君は私を覚えていないかもしれない。
ならかつての楽しい思い出は私の胸の中にしまって、このまま逢えないほうがいいのかもしれない。



かずなり君、ありがとう。あなたが死ぬなと、生きろと言ってくれたから、私は今こうして生きています。
成長して、体も丈夫になって、病気もしなくなったよ。
実はかずなり君に一つ、秘密にしていることがあります。
うちの別荘でお昼寝をしている時、寝息がかかるほど近くにいるかずなり君にドキドキして、君の耳元で小さくかすかな声で「ずっと好きだよ」と言ったのを君は知らないことでしょう。
これは私だけの秘密です、君には教えてあげません。
私の最初で最後の意地悪です。
妹ちゃんは成長した?可愛いかな?美人さんかな?
かずなり君も私の記憶のかずなり君より大きく成長しているんだろうね。

これから私は東京で高校生になります。
秀徳高校に入学するんだよ、ちょっと勉強がんばったんだから。
いつか東京で逢えるかな?逢えないかな?
…もしいつか逢えたその時は、また一緒にお喋りしてくれるかな。











「榊原桜、バスケ部のマネージャー希望です。よろしくお願いします。」


「高尾和成、バスケ部に入部予定!えー、特技はバク転で座右の銘は人生楽しんだもん勝ち!よろしくでっす!」