現在時刻、朝の7時。
現在場所、門が開いていない海常高校校門前。

状態異常、非常に暑い。



なぜ私がこんな朝っぱらのこんな時間にこんな場所にいるのか疑問に思うだろう。
それは一重に本練習前に練習がしたいと言いだした選手達の為だ。

インターハイが終わってからこっち、桐皇の青峰のおかげか、それに張り合った黄瀬のおかげか、はたまたキャプテンの覇気のおかげか。部員達の士気が上がりっぱなしで夏休みであるにも関わらず部活開始時刻の10時より前に練習する者たちが増えて朝練のような時間帯が出来てしまった。
練習する人がいればドリンクを作ったりタオルを洗ったりタイムを計ったりする雑用係も当然必要で。私はその練習熱心な選手達に付き合うためにこうして夏休み真っ最中の朝早くから門が開くのを待っているのである。…私もそんな選手達に触発されたのは秘密だ。

ここ数日で朝の警備の人ともすっかり顔見知りになった。




「おはよう水城ちゃん」
「おはよう牧おじいちゃん」
「今日も早いね、一番乗りだよ?」
「部活がありますから」




朝から孫を見るような柔らかな頬笑みを浮かべる牧さんにハハハと苦笑いで返す。
朝一番に門を開けてくれる警備のおじいさんは牧さんを言うのだが、私を含め一部の海常生は親しみを込めて牧おじいちゃんと呼ぶ。今日も笑顔がチャーミングで素敵な紳士だ。結婚するならこんな素敵な紳士がいい。ああ癒される…。……馬鹿共とは大違いだ…。



「部活に熱心なのはいいが女の子なんだから早めに帰らないといけないよ」
「はーい、気をつけます」


ガラガラと重い音をさせて学校の門が開いていく。
隙間からサッと体を滑り込ませればそこはもう学校内という私の戦場だ。
さて、今日も気張って行こう。

牧おじいちゃんに手を振り、パシンと両手で頬を叩き気合いを入れ直して体育館の鍵がある職員室へと足を向けた。












「失礼しましたー」

早朝すぎて誰もいない職員室からバスケ部専用の鍵を拝借し、退室の挨拶をして急いで体育館へと向かう。
うちの監督は時間ギリギリに来て体育館へ直接来るので当然この時間には出勤していない。

朝の爽やかな空気を胸に吸い込みながら小走りで急ぐ。まだ来ないとは思うができれば部員が来る前に体育館の鍵を開けてバスケットゴールを開いておきたい。もしもう来ていて待っていて何もしていないならばそれは無駄な時間というものだ。

じりじりと肌を焼く夏の暑さにうっすら汗をにじませて体育館につくとまだ誰も来ていない。よし、間にあった。
グラウンドの遠くの方に植えてある木々からミンミンと蝉の鳴く声が聞こえて暑さが更に倍に感じる……暑い。じっとりとにじみ出る汗でブラウスが肌にくっつく感触に思わず眉をしかめた。心なしか暑さでいつもよりぼーっとする気がする。とりあえずTシャツハーパンの涼しい格好になれば多少マシになるだろう。


暑さに耐えかねて体育館の扉の鍵だけを開けて先に更衣室の鍵を開いてTシャツに素早く着替え、下していた髪もゴムで一つにまとめる。
更衣室を軽く掃き掃除をして体育館のモップがけをしたらどうせ汗でびっしょりになるからブラウス姿で動き回るよりこっちの方が効率がいい。
ちなみにバスケ部はそれなりに人数がいるので選手用更衣室は二つ、そしてマネージャー用の小さめの更衣室と三つある。それとは別にデータ保管・管理用の部室があるがそっちは監督と主将が管理しているため鍵は持っていない。

更衣室から体育館に移動して、ゴールを開いて窓を空けて床のモップがけをする。
毎日練習が終わったらモップがかけられているが一晩おけば表面にうっすら埃が溜まる。その埃がバッシュの裏につくと滑って怪我をする元になる。余計な怪我の可能性は可能な限り排除しておきたい。
広い体育館を一人でモップをかけると時間がかかるし体力も使う。しかしこれが終わればドリンクとタオルの準備とやることはたんまりと待っている。ああそうだ熱中症対策に塩とかアイシングの準備もしないといけない。練習が始まって太陽が高くなる時間になると体育館は灼熱地獄でいくら運動していない私たちサポートする側の人間でも熱中症になる危険があるのだ。とくに監督は体系がああだから気をつけないといけない。


一度更衣室に戻って、昨日洗って乾燥させておいたドリンクサーバーとドリンクの粉、それと塩を持って体育館に一番近い水道で熱さに汗を流しながらドリンクの準備をしていると体育館からダムダムと耳慣れた音が響いてくるのがわかる。
水道の栓をキュッと締めて外に設置してある時計を見上げると7時45分。この時間だと自宅組の誰かだろうか。寮の方だと夏休み期間中の今の時間は朝ごはんの真っ最中なので寮組でないことは確かだ。
とりあえず今日も選手には練習に集中してほしい。……一部尻をひっぱたかないと集中できないアホ共がいることを思い出して頭が痛くなった…。











「おはようございまーす」


8時。大量のドリンクを入れたドリンクサーバーをえんやこえんやこら体育館へ運ぶと既に自主練を開始していた面々に「おはよう」と声をかけられた。うんうん、みんなうっすら汗をかいていて良い具合に体が温まっている。
広い体育館を見渡すとシュート練やハンドリング練習、ストレッチをしている人たちに交じっておなじく練習している主将の姿が見えた。ということはデータが置いてある部室の扉も開いているだろう。10時の本練習までに自主練の様子を見ながら各選手のデータを纏めるのもいいかもしれない。それにインターハイで収集した各校のデータ整理も早い所終わらせてしまいたい。よし、そうしよう。

10時までの仕事を決めて意気揚々と部室を目指そうと一歩を踏み出すと外へ続く体育館の扉からいるはずのないひよこ頭がキラリと目に入った。


「はよーざいまー…げっ水城先輩!?」


…インターハイで怪我をして医者の診断結果で監督と当分運動禁止令を強いた筈なのに何故お前が今ここにいる…黄瀬涼太…!!!!




「きーーーーーせえええええええええええ!!!!!10時からの本練習見学ならともかくこの時間に来てしかもバッシュはいてバスケする気満々とはどういうこどだ?ん?」
「だってだってだってえええ!!バスケしたいんスもん!!」


ドリンクサーバーを置いた舞台下から威圧するようにズンズンと歩いていけば「やっべぇバレた!」とでも言うような顔をした黄瀬。なんだその顔文句あんのか。


「脚が治らなきゃ本末転倒だろうが!」
「脚使わないから!」
「どうせ熱入って1on1せがんでやりだすだろ!」
「せーんーぱーいー!お願いお願い!!!この通りっス!!」
「お医者さんの言う事が聞けない悪い子のお願いなんで聞けるわけがないでしょう」
「良い子にしてる!ちゃんと水城先輩の言う事きいて大人しくしてるっスからあ!!」


昨日仕事してきたから超バスケしたいんス!おーねーがーいー!とひよこがわあわあわめきながら私の左手をブンブン振ってだだをこねる。
今日の仕事はと聞けば昨日期限ギリギリの撮影からだいぶ先の期限の撮影まで全て消化してしまって部活が無ければ完全にオフらしい。撮る枚数が最小限で済んだとか余計なこと言っていたので心の中でこの顔だけイケメン馬鹿がと罵っておいた。


「黄瀬ぇ!お前はしばらく運動禁止だろうが!!なに自主練の時間からこっち来てんだ!」
「でも笠松せんぱあい!!」
「でももこうもねえ!シバくぞ!!」
「先輩だってバスケしちゃ駄目って言われたらしたくなるっスよね!?」
「…うっ…」


おい。そこの駄目主将。よそ様から素晴らしいキャプテンシーなんて言われて名PGとも呼ばれているそこの隠れおっぱいフェチ。
いくらバスケ馬鹿だからって怪我して無理に練習しようとしている後輩に説得されてどうする。


「とにかく!黄瀬は今日見学です」
「えーーーーーー!!」
「…怪我が悪化して桐皇とも誠凛ともリベンジできなくなってもいいの」
「俺今日は水城先輩手伝ってるっスーーー!!」

「…すまん」
「いえ。それより部室は開いていますか?この間のデータを纏めたいんですが」
「ああ、開いてる。好きに使え」
「ありがとうございます」


軽く脅せば素晴らしい変わり身の早さで(脚に負担をかけないように)歩いて倉庫へ必要な器具を取りにいった黄瀬。それとそっぽを向いているが居心地悪そうに謝った主将。なんだわかっていたのか。試合中では意地くそが悪いというのにやけに素直に謝ったものだ。
いつもの下ネタではないのでさらりと流して部室が開いているか尋ねればいつも通り開けておいたとの返答。これで問題なくデータ整理が出来そうだ。
そのまま主将に部室に用がある旨を話して倉庫から出てきた黄瀬を後ろに従えて体育館を出る。


「なんで俺もっスか?荷物持ち?」
「それもあるけど、黄瀬。あんたインターハイで青峰のコピーやってみせたでしょ」
「っス」
「その時の映像の見直しと、各キセキの試合映像もできるかぎり集めたから動きを覚えなさい」
「え」


キョトン。そんな擬音がつきそうな顔になった黄瀬をチラと見て足を止めずに部室を目指しながら話を続ける。


「…模倣を完璧にして、試合で使いこなせるように。おそらくウチと戦った時に青峰も故障してる。故障するぐらい本気で力を出した。その証拠に、青峰はインターハイの準決勝と決勝は出場してなかった。ならあの時の試合の青峰の模倣を更新すれば次に戦う時また対等に戦う事が出来る。それでなくとも、桐皇に敵わなかった誠凛には勝てる確立が上がる。黄瀬、あんたの強みは何?」
「強み…見たら何でも出来ちゃうとか」
「そう、黄瀬なら出来る。そして黄瀬以外にキセキの技を間近で見て自分のものに出来る天才はいない。でも黄瀬には見ないとできない…黒子という弱点があるからそれをカバーできるものがほしい。それが例えば緑間のスリー。例えば紫原のダンク。…例えば、赤司のアンクルブレイク。ああ、黒子の威力がすごいパスとか超長距離回転パスもいいね」
「威力凄いのはイグナイトパスっス」
「そうそれ。火神だけじゃなくて黄瀬もとれるんでしょ?」
「キセキの世代はみんな取れます」
「多分あれかましたら相手側の動揺は誘えるし、慣れてる選手しか取れない。それでなくとも黒子と黄瀬のスペックは格段に違うから火神でも取れないかもしれない。そして相手が動揺している隙にゴールを狙う。…どう?簡単にシナリオしてみたけど」
「…簡単に言ってくれるっスね」
「でもやりがいはあるでしょう?」





部室の扉を目の前に、振り返ってニヤリと口の端を上げて笑って見せる。
それを見ていた黄瀬も、瞳に燃えるような光を宿して、モデルの時や愛想笑いとは違う、獲物を狙う捕食者のような顔でニヤリとしてみせた。





「そりゃーもう、今から楽しみっス」
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