夏。
それはバスケに青春を捧げる男たちにとって、インターハイという大舞台に自分のすべてをかけて立ち向かっていく戦いの季節。

だが夏のイベントはそれだけではない。インターハイが終われば


「ナンパして海で水着女子と一緒に遊ぶ季節だろうがっ!!!」
「遊ぶ暇あったら少しでも受験勉強してくださいこの色ボケ男」
「インハイ終わったんだからちょっとぐらい遊んだっていいだろう水城!!」
「じゃあその前にこの積み上げられた課題の山をどうにかしてください。というかなんでスタメンの勉強合宿にマネージャーの私がいるんですか」
「それはお前がマネージャーだからだろう」
「私生活までマネージメントするわけないだろうが馬鹿野郎」



先ずは課題の山が待っている。




インターハイが全国ベスト8という成績で終わってしまった海常高校であるが、終わってしまえば学生であるが故に夏休みの課題の山が待ち構えていた。
部員全員がキッチリ課題を提出しないと部活動停止になってしまう掟があるのだが、成績のよろしくない黄瀬や直ぐに遊びに行こうとする森山という問題児を抱えるスタメンはそれを回避するために黄瀬の住むアパートに集まり積み上がった課題を消化している。
黄瀬のアパートになった経緯は、寮の談話室では落ち着いて勉強することが出来ず、寮部屋ではルームメイトに迷惑をかけられず、実家暮らしでも自分の部屋に平均より体格の大きい男子高校生5人を詰め込むことができず、図書館では騒がしくて追い出され、最後に残ったのが黄瀬のアパートである。
仮にもモデルという芸能人であるために使いたくなかったのだが、多少うるさくても周りに迷惑がかからず、スタメン全員が入って勉強していても窮屈になる事は無く、好きな時に飲み物が飲めるという好条件はどこにもなく、家主の黄瀬自身も苦い顔をするどころか大歓迎と言って全員を招き入れたので苦肉の策である。



「黙って課題片づけろ森山!つーか遊ぶ暇あったら練習しろ練習!!」
「…にしても、ちょっと疲れたな」
「うぅーもう駄目っスぅ〜」
「お茶入れましょうか、小堀先輩」
「頼む」
「小堀と俺と態度が違うぞ水城!!」
「日頃の行いのせいだろうが色ボケ。黄瀬、死ぬな、起きろ。ちょっとキッチン教えて」
「は、はいっス!!」
「早川ー、再起動しろー」
「あー!もー!休憩だ休憩!!お前ら集中力なさすぎだ!!!」


ノートに顔を埋めて死んでいた黄瀬の頭をペチンと叩いてキッチンへと呼べば大きな身体なのにトコトコと後ろをついて歩く様は…うん、ひよこみたい。


「お茶っぱとかコーヒーとかある?」
「無いっス」
「…ココアとか紅茶は?」
「無いっス」
「あるのは?」
「ミネラルウォーターだけっス!」
「あー、うん、ある程度予想はしてたけど。馬鹿か」
「ぎゃんっ!」


パカリと冷蔵庫を開ければ、水、水、水……ああ下の方に何故かスポーツドリンクの粉末。
ロードワークをする関係で自分でドリンクを作って一応熱中症には気をつけているようだが…飲み物が水しかない。これは酷い。

「コーヒー紅茶とは言わないからせめてお茶っぱぐらいは常備しときなさいよ…」
「でも俺飲まないし…」
「ご飯食べる時ぐらいお茶飲みなさいカテキンなめんな」
「飲みたくなったらペットボトル買ってきてるっス」
「馬鹿野郎」
「ぎゃんっ!」
「そんなもんより自分で煎れた方が美味しいし安い。今度実家行ったらお茶っぱわけてもらいな」
「だからってさっきから一々俺の鳩尾にチョップ入れないでほしいっス…」
「丁度目の前にあるから」
「痛い!」


予想して持ってきておいたインスタントコーヒーとミネラルウォーターでアイスコーヒーを作るように黄瀬に指示を出し、更にキッチンを物色する。
パン、卵、砂糖、フライパン、油。…ふむ。


「黄瀬、ちょっと平たいお皿と菜箸ある?」
「菜箸は先輩の右手の所の引き出しにあるっス。お皿は俺が出すんで」
「あとここにある食パンと卵使いきっちゃうけど良い?お金は後で払うから」
「別にいいっスけど…何か作るんスか?」
「フレンチトースト。そろそろ糖分欲しくなるころでしょ?というか私が欲しい。ぱっと見クッキーとかも無かったし、作る方が暑い外に買いに走るより早いし涼しい」
「先輩…料理ちゃんと作れるんスか…?」
「なるほど黄瀬はフレンチトーストいらないんだなよくわかった」
「冗談!!冗談っス!!」
「はいはい」


フライパンを火にかけてよく熱している間に卵液を作りパンによく吸わせる。
バターが無いのでサラダ油を少し垂らして卵液を吸わせたパンを投入するとジュワァ!と良い音が広がった。
出来上がったコーヒーをすぐ持っていくものだと思っていたが、黄瀬はさっきから私の一歩後ろをついて回ってくる。…ひよこか。


「…先輩」
「んー?」
「部屋に誰かがいるって良いもんっスね」
「…ん?」
「俺、海常に入って後悔してないし、むしろ海常で良かったって思ってるんス。でも、」
「………」
「一人暮らし始めて、部屋に誰もいなくて、何の気配もしなくて、ここに帰ってくるたびに……。バスケしてる時はバスケの事だけしか考えられないけど、一人になると色々考えちゃって…。寮に入れたら良かったんスけど、事務所の指示で無理だし、実家からはちょっと遠いし……ちょっと寂しくて」
「バーカ」
「イテッ!!」


目の前の鳩尾にチョップを繰り出してフライパンへ目線を戻す。卵液を吸ったパンは良い色に焼けて香ばしい匂いが漂ってきた。
焼けたパンを黄瀬が出した平皿に乗せて、2枚目のパンを取り出す。全部で6人いるから焼くのは6枚。卵液を吸わせて、再びジュワァ!と良い音が広がる。


「黄瀬はモデルやりながらバスケも海常のエースとして日々努力してるのは知ってる。それは私だけじゃなくて部員のみんなも知ってる。エースが成り立つのに必要なものって知ってる?」
「エースが成り立つのに、必要…?」
「それはチームだと私は思ってる。チームが存在しなければエースもいないし、チームが必要としなければエースという存在はいらない。そしてチームとして一番必要なのが、信頼関係。信じる心」
「………」
「私の持論だけどね。黄瀬はチームを信じてない?」
「…そんなことない、信じてるっス」
「じゃあチームメイトに甘えても少しぐらいはいいんじゃない?寂しいって自覚して他校の友達に押し掛けたりこそこそ私に相談するよりは」
「う…でも、俺のワガママで先輩たちに迷惑は…」
「少なくとも笠松先輩は全力で助けてくれると思うけど。ねえ先輩?」
「え!?」


キッチンの出入口を見やれば、そこにはさっきまで無かった黒い影…もとい、笠松先輩が立っていた。その後ろからはぞろぞろと森山先輩と小堀先輩と早川が。


「馬鹿野郎。コーヒーできたなら早く持ってこい」
「す、すんません!」
「あとな、黄瀬」
「…はい」
「俺たちはお前がワガママ言って甘えるぐらいじゃ引きも逃げもしねぇ。むしろ言いたいことがあるならドンドン来い。つか来なきゃシバく」
「先輩…!」
「黄瀬はもううち(海常)の子だからな」
「モテるのは憎たらしいけどな!」
「早川、これ持ってって」
「ふ(れ)んちトースト美味そうだな!」
「小堀先輩、砂糖持って行っていただいても良いですか?」
「ああ、良いぞ」
「森山先輩は重いコーヒーが乗ったお盆持っていってください」
「やっぱり俺と小堀の扱い違わないか!?」
「日頃の行いの差だろ」
「同感っス」
「お前ら酷い!!!」


わいわいきゃっきゃ。
少し氷が解けて薄くなったアイスコーヒーとほかほかのフレンチトーストを持った男共5人はキッチンから出て部屋に戻って行った。
仲がよろしい事で。
さて2枚目のフレンチトーストの焼き加減も良い頃合いになってきた。
残りのトーストも早く焼いて待ちかねている奴らの所へ持っていこう。

























「小堀、ハリセンくれ」
「はいよ」
「寝るな森山と黄瀬ええええええええええ!!!」

バシーン!!

「いってええええ!!」
「笠松先輩酷いっスううう!!」
「馬鹿野郎お前らここで課題終わらせないと絶対に終わらせないだろうが!!甘えても良いとは言ったが課題に関しては別問題だ!!!」
「悪いけど全部終わるまで寝させられないな」
「そんな!」
「殺生な!!」
「つーかなんで早川は寝てんだよ!」
「今日までにコツコツやって半分は終わらせてたらしくて、課題は全部終わったらしい」
「超意外っス…」
「ツベコベ言わずにさっさと進めろおおお!!!!」


「…良い話だったのになー」


























ハリセンで笠松先輩にシバかれる森山先輩と黄瀬、教える側になっている小堀先輩、一人だけ終わらせて夢の中へ旅立っている早川を眺めながら、私は今日言われた思いがけないプレゼントを思い出す。
残りのフレンチトーストを焼くのにフライパンに集中していると、いつの間にか黄瀬が一人だけ戻ってきてキッチンの出入口に立ってこちらを見つめていた。

「どうかした?」
「先輩!」
「え、なに」
「えっと…先輩も、海常のチームの一員っスよ!」
「…あたりまえでしょ。信じてるよエース君」


((((黄瀬に言われ(れ)た))))
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