人生どう転ぶかは後になってみないとわからないもので。
まさか幼稚園の頃からピアノ教室が一緒だった友人が中学からバスケに魅入られてしまうなんて仲良くなった当初は思いもしなかった。
何故ならその友人は人事を尽くすことに重きを置いていて、勉強は勿論ピアノも私よりうんと上手だったから、そのままピアニストや音楽家の道に進むと思っていたのだから。


「………名前」
「…はぁい★」
「次の発表会、いつだ」
「一週間後でぇす★」


低いテノールの恐らく世間一般でいう「良い声」が防音されて空気が籠る狭いピアノ室に響く。ああ、良い声…。
彼の声は耳の保養になると常々思っているのだがそれを本人に言うと問答無用で脳天に高い位置から遠慮のない力でチョップをくらうから面と向かって言う事は出来ない。
よって何も言わず勝手に良い声の余韻を堪能していると次の瞬間良い声による罵声のオンパレードが始まった。


「………なんっなのだよ今の演奏は!!!半ばにPresto ma non troppoとあるのに何故Moderatoのまま進めるのだよ!!次に転調した所もpesanteで弾くのに何故Allegroになる!スタッカートに変えるな態々短調の所を長調に変えるな曲の解釈が軽すぎる…!!」
「ええー!譜面通りにやるなんてもう何百回もやってあきちゃったよ。そんなのつまんないじゃん!!」
「…お前は何故そんなちゃらんぽらんでピアノをしているのだよ…」


ピアノに向かって座る私の隣に立った状態で眉間にしわを刻んでハァ…と大きくため息をつくのは幼稚園からの友人緑間君である。
幼稚園と小学校は違うけど通っているピアノ教室が同じで、よく先生にペアを組まされていた。緑間君は小学校の途中で教室をやめてしまったのだが中学に進学したら、あらびっくり同じクラスに緑間君がいた。
聞けば音楽の道はやめて趣味程度にして、バスケに専念するという。私は楽しければそれでいいからやめるのは本人の自由でいいんじゃないというスタンスだったけど教室の先生は緑間君がやめることに最後までごねにごねたらしい。まあ金の卵を逃したくはないだろうな。
そんでもって小学校で切れていた縁が中学で復活。なんやかんやでまた仲良くなって高校に進学したら、あらびっくりまた同じクラスに緑間君がいた。
ジャジャジャジャーンこれなんて運命?


私がもうすぐピアノの発表会ということで学校のピアノ室を借りて弾いて見せろと緑間君が言うので課題曲を弾いてみせた所上記のように緑間君大爆発。ピアノから離れて結構立つのによく初見で譜面読めるね流石緑間君。


「楽しいからやってるだけだよ。理由はそれだけでいいんじゃないの?緑間君のバスケと一緒」
「馬鹿め、俺とお前では全く違う。俺がバスケをしているのは楽しい楽しくないという問題ではないのだよ」
「…それはつまり緑間君は楽しいを通り越してバスケを愛してるってことでは……」
「は?」


お気楽主義の人生楽しければいいやという甘い考えの私だが幼稚園から高校生まで続けているぐらいには情熱をピアノに注いでいる。そんな立場の私から見た緑間君はバスケにそれはもう多大なる情熱を注いでいる。飽きたなら、楽しくないなら早々に見切りをつけて縁を切って捨てているはずだ、緑間君なら。


「だってそうじゃないの、緑間君がバスケする理由。最初は勉強の息抜きだったのが段々楽しくなって、バスケが日常の一部になって、今度は一部だったバスケが一日の大半を占めるようになった。好きじゃなきゃそうはならないね。不器用だなぁ緑間君」
「なっ!?ち、ちが」
「否定するというのなら幼稚園からやっていたピアノに本腰入れないでバスケにのめりこんでいった理由を言ってごらんなさぁーい」
「…そ、それは…」
「それは?」
「……名前、俺をからかってはぐらかそうとしているだろう」
「あは。ばれた?」
「ばれたじゃないのだよ!!今はバスケ云々は関係ない、お前のそのはちゃめちゃな弾き方を譜面通りに直して来週の発表会に出す。必ず譜面通りに弾くようにしてやる。一週間覚悟しろ…!」
「え、ちょっと緑間さん本気ですかマジですか今日は深夜アニメでプリンス様達が私の事を待って」
「問答無用」




楽しい音楽の時間です





Presto ma non troppo(急速にしかしやりすぎないで)
Moderato(中くらいの早さで)
pesante(重々しく)
Allegro(速く、楽しげに)