「プラネタリウム?」
「たまたまチケットが当たったの。名前明日休みでしょ、ショッピングがてらどう?」
「うーん……うん、良いよー」


ということで、レオに誘われてプラネタリウムに行くことになりました。



レオはオネェと言われるだけあって、ファッションにはとてもうるさい。変な格好をしていくとたちまち不機嫌になる。
だからいつもレオと出かけるときには前日にうんうん唸ってコーディネートを決めるんだけど今日はなかなか決まらない…。
ワンピース、はこの前着たし…ミニスカート、は何か足元寒そうだし…マキシ丈のスカートはレオには不評だったし…。

春だからパステルカラーがいいよね。
でも色がいっぱいだとレオに「色がうるさい」って言われるからアクセントぐらいにして…プラネタリウムだからリラックスできる服…ジャケットは無しか…。

うーん…。


パステルカラーのピンクのカーディガンが良いかなぁ…。
中は白の丸襟のブラウスで、下は細かくプリーツのかかった柔らかい生地の紺色のキュロット。タイツは30デニールのグレーで、足元は歩きやすいようにウェッジソールのブラウンのショートブーツ…ヒールが無いとレオの高身長には追い付けない…。
…こんなもんだろうか?

ブラウスにスカートとかキュロットの組み合わせは定番になってる気がするけど…まあいっか。


そろそろ寝ようかと携帯を充電器につなげるとレオから明日は10時に迎えに来るとメールが来ていた。
珍しい!思わず携帯を握ったまま飛び上がった。
どういう風の吹きまわし?いつもは駅に集合なのに迎えに来てくれるなんて!
頭でもぶつけたの?とメールを送ると数分もしないうちにレオから返信メールが届いた。


『そんなわけないでしょお馬鹿さん。明日遅刻したら置いて行くわよ、早く寝なさい』


そういうレオだってまだ起きてるじゃない。解せぬ。





翌日。

時計はもうすぐ10時を指そうとしていて、レオが迎えに来てくれる…筈なんだけど、一向に連絡が無い。
玄関に座って待つことかれこれ10分。約束の時間までは5分を切っている。
レオはいつも5分前にはもう着いてるとか、もうすぐ着くとか必ず連絡をくれる。なのに今日はそれが無い。

何か事件とか事故に巻き込まれた?それとも忘れ物したとか?寝坊して遅刻?

膝に左ひじをのせて手で顔を支える。右手は携帯を持って操作。五回目の新着メール問い合わせ。五回目の新着なし。


「…」


ズルズルと待っていても時間は過ぎるだけ。時計を見ると10時まであと30秒。
…いつまでも待っていても仕方ない、外に出てレオからの連絡を待とう。

ガチャッと玄関の重い扉を開くと外から聞き覚えのある騒がしい声が聞こえる。
不思議に思って外に顔を出して声のする方を見るとそこにはレオと…レオにじゃれつく葉山君が。あと根武谷君がうしろで牛丼食べてる…。


「なーなーレオ姉どこいくの!どこに遊びに行くの!俺も一緒についてってやろうか!」
「シャラップ!!あんたがついてくるなんで邪魔で悪夢以外の何物でもないわ!さっさとどっか行きなさいよ、ゴーホーム!!」
「牛丼うめぇ」
「永吉は呑気に牛丼食べてないで小太郎つれて帰りなさいよ!!」
「ほいほい。いくぞ小太郎ー」
「えー俺も遊びたいー!」

「はぁ…」

レオ、朝からとんでもなく疲れた顔してる…。
多分出かける時に葉山君に捕まってそのまま付いてこられちゃったんだろうな…。

「レオー」
「え、名前…?やだ、もう10時!?」
「丁度10時過ぎたとこだよ」
「ごめんなさい、迎えに行くって言ったのに……あああんのお馬鹿ども人の邪魔ばっかりして…!」
「まあまあ…」


玄関から出て鍵を閉めてレオのもとに行けば葉山君達に対してぽこぽこ怒るレオ。朝からよくそんな元気あるね…。「まあいいわ、切り替えましょ」といって私をじっと見てレオによるファッションチェックが入る。後で征ちゃんに頼んであいつらだけ練習倍にしてやるわなんてボソッと耳に入ってきたのは聞こえないふりをした。


「名前」
「なに?」
「…ん、これで完璧。私の好みのコーデね」

レオの首に巻かれていた淡いパープルのストールは、レオの手によって私の首に居場所を変えた。
レオと出かける時、ピンとか髪飾りとかマフラーとか、何かしらレオによって私のファッションは完成する。
最初は断っていたけど、満足そうにうっとりと私を眺めるレオに負けて、今ではレオの好きなようにさせている。


「ありがとうレオ」
「さぁ、とんだ邪魔が入ったから時間が押してるわ。行きましょう」
「うん」


レオが手を出すから、私はその上に右手を重ねてギュッと握る。すると私の手は大きくて綺麗なレオの手に包まれた。
歩幅を合わせてくれるのは勿論、道を歩く時はいつの間にか私は歩道側を歩いている。
電車に乗るときも、改札を通る時は流石に離れるけど、通ったその先でレオは手を出して待っている。
座席が空いている時は私を座らせて、隣に座るか座った私の前に立つ。空いてない時は手すりか壁側に私を立たせて私を挟むようにレオが後に立つ。扉をあけて建物に入る時は当たり前のように先に扉をあけて私が通過するのを待っている…。
これを毎回徹底してできるレオはなんというか…うん、とても紳士だ。オネェだけど。赤司君ならわからないけど、確実に葉山君と根武谷君には無理な芸当だろう。
これらのレオの紳士な行動に気づいた時は恥ずかしくて仕方なかったけど、そんなに徹底しなくてもいいと伝えたら「私がしたくてしてるのよ、三咲は気にしなくていいの」なんて言われてしまったからには受け入れるしかない。

電車を乗り継いで到着した科学館。この科学館の中にお目当てのプラネタリウムが入っている。
意気揚々と中に入ったは良いものの、係りの人にチケットを見せて案内されたのは…


「カップルシート?」
「はい。こちらのチケットはカップルシート専用となっておりますので、お客様はこちらのお席でご覧いただくことになります」
「レオ…?」
「あら、言ってなかったかしら?」
「聞いてないよ…」


プラネタリウムってだいたい一人席じゃないのか、一人でリクライニングの椅子に座って映像の星を眺めるんじゃないのか…なんでカップルシートなんてあるの映画館だけで充分だよ…
レオなんてさも今気づきましたみたいな感じで顔に手を当てて困り顔作ってるし…この確信犯め…ニヤけてるのバレてるんだからな…


「良いじゃない、なに恥ずかしがってるのよ、二人で座って見るだけでしょ。一人席と変わらないわよ」
「…ソウダネ」


私が恥ずかしいのはレオにはお見通しらしい。。顔が熱くなってるのを自覚しながらレオを見ると鼻で笑われた。くそう。


「にしても…あなた何でそう恥ずかしがるの?電車とかでも隣に座ってるじゃない」
「えっ!?」


映像が始まるまでの待ち時間、カップルシートに座って少し落ち着くとレオが意地悪なことを聞いてきた。顔が笑ってるからからかっているのはわかる。隠す気はないらしい。くそ。


「だって…」
「だって?」
「その……笑わない?」
「…笑わないわ」
「顔ニヤけてるけど」
「お馬鹿、微笑んでるって言うのよ」
「どうだか…」
「で?」
「うぐっ」


はぐらかしても逃げさせてくれない。どうあっても言わせる気だこのオネェ…。
というか近い。だんだん顔の距離が近くなってる気がする。


「ちょっと、レオ…顔が近いんだけど」
「気のせいよ。で?」
「……そのー、く、暗いじゃない?」
「プラネタリウムですもの」
「き、距離が近いじゃない?」
「カップルシートだからそういう仕様ね」
「……な、な、なんか、こう…レオ私服だし…かっこいいなーって意識しちゃうっていうか…」
「……………」
「れ、レオ…?」
「…ハァ。あなたたまにこうしてしゃれにならない爆弾落とすわよねぇ…」


シートに端になるべく寄って逃げる私とそれでもだんだん顔を寄せてくるレオ。顔がニヤニヤして楽しそうなことで。
一瞬ピタッと止まったと思ったら盛大なため息とともに目の前がレオの胸元しか見えなくなって、温かい腕の中に閉じ込められた。


「レオなんなの」
「いいから少し黙りなさい」
「うぶっ」


離れようとすると頭を押さえられてさらに密着することになってしまった。耳元で聞こえるレオの心臓の音を聞くと、大きくて、早い。…レオも緊張とか、恥ずかしいのだろうか?


「…名前」
「…なに」
「私の名前、私の、私だけの名前…」
「!?」


するり。いつの間にか左手はレオに奪われていて、冷たい感触がすると思ったら薬指には星の形をした石がついたシンプルな指輪がはめられていた。びっくりして離れようとしてもレオの腕が放してくれない。
『只今より、プラネタリウム天体ショーを上映いたします。上映中はお足下が暗くなりますので…』場内アナウンスがかかってだんだん明りが消されていっても変わる事はない。いや、頭の方にレオの吐息を感じているからレオは多分私の頭にキスをしている。

だんだん吐息を感じる場所は下がってきて、ついに耳元まで到達した。
耳に、レオの吐息を感じる。どうにもくすぐったくて、肩がピクンと跳ねてしまう。


「レオ、あの」
「好き、好きよ、誰よりもあなたが」
「待ってレオ」
「無理」
「レオ、」


そっと顔が離れて、周りが薄暗い中で唇に温かくて柔らかいものが触れる。離れる。触れる。

ちゅ、と音がして満足そうに吐息だけでレオは笑ってシートにちゃんと座り直した。
そのまま春の天体特集の映像を見始めたけど、正直言って私はそれどころじゃなくて内容なんか全く頭に入らなかった。





愛(めぐみ)をおくれ、真珠星






「今すぐ名前の唇を奪いたくて仕方ないの。三咲の身も心も全部欲しいの。知ってるでしょ?私、欲張りだもの」














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真珠星(しんじゅぼし):スピカの和名。おとめ座で最も明るい恒星。おとめ座の女神が持つ稲穂の先の位置にあり、春の夜に青白く輝く。


フォロワさんのお誕生日に贈ったものです。