「寒い」







この一言につきる。


現在5月のゴールデンウィークがあけて少したったぐらいだが、我ら水泳部はそのへんから外の冷たーいプールで練習が始まる。
水温は15℃

ゴールデンウィーク?水泳部総出でプール掃除ですが何か。


勿論泳げば容赦なく体温が奪われプールから上がると唇が真っ青、手足の感覚は無い。
つねっても痛くない。

更に冷たい風が吹いて濡れた状態では体感温度は更に下がり水の中のほうが暖かい、なんてことは日常茶飯事だ。
体育で水泳ができるようになる水温、20℃なんて目じゃない。

授業では毎回キャー、冷たーいなんてかわいこぶる女子()どもをしり目にさっさとプールに入り先生の単位という賄賂により水のぶっかけ役という恨まれ役を担うのも毎年のことだ。そのあと一部の女子()どもに水中でこっそり蹴られるが泳いでるフリして倍返しにしてやるのも毎年のことだ。水中の水泳部なめんな。


話が逸れたが今言いたいのはそんな事じゃない。とにかく寒い。これにつきる。

冷たーいプールでの練習が終わって、着替えて、外に出るのは良いものの、髪の毛が濡れていてまだまだ寒い。というか真から冷えた体に早々体温が戻る事もなく、風に晒されている濡れた髪は更に私の体温を奪っていくのだ。

せめて暖かい飲み物を、と救いを求めて自販機に来てみても、ゴールデンウィーク中に冷たい飲み物に総入れ替えされた自販機に暖かい飲み物が売っているはずも無く。私はお金を手に途方にくれた。


「………名前?」
「………レオ…」


もはや何も言う気力もなく脱力し、後ろから聞こえた声に振り向くとバスケの練習中のはずのレオがいた。
空のペットボトルを持っているのを見るところドリンクを買いにきたらしい。
滴るほどではないがうっすらと汗をかいているように見える。バスケ部の練習は厳しいと聞くのに化け物か。

「どうしたの?水泳部はもう練習終わってるでしょ?」
「………………」
「三咲?」
「………寒い」
「びゃっ!!」

スタスタと無防備に近付いてきたから、両手で左手をとって体温を奪ってやった。ついでに来ているジャージの中にも手をいれて手首を握る。勿論嫌がらせだ。はぁ、温かい。握っていたお金はポケットにしまった。

「あなた何でこんなに冷たいの!!」
「今日の水温15℃」
「魚じゃないんだからそんな水温で泳いでんじゃないわよ!」
「だって泳ぐのが水泳部だし」
「だったらちゃんと体温調節しなさいよ!」
「そんなこと言われましても」
「ああもー、こっち来なさい!」
「わー」

レオは無茶な事を言う。変温動物じゃないんだからそんな芸当できるわけないじゃないのさ。あれ逆だっけ?まあいいか。
冷たいわよ!とか魚じゃないんだから!とかわあわあ騒ぐレオはこっち来なさい!と言うと同時に私に捕まれていた左手で私の腕を引っ張った。
寒さで動きが鈍くなってる私はそのまま引っ張られて、足が前に出なくて倒れる。結構重症らしい。

ああ倒れる。怪我をするのは水にしみるから嫌だなぁ。なんて考えが頭を過ってボーッと倒れる地面を見ているとグンッと体が上に引っ張られた。
あ。と思う暇もなく、目の前に暖かい壁もといレオのTシャツが現れて、背中を強い力で支えられた。

「あっぶ、な…」
「………………おー」
「呑気な声出してんじゃないわよ。というか冷たい!」
「レオあったかー」
「人の体温を奪わないでちょうだい。ほらちゃんと立って」
「はい」

レオに抱き締められて全体重を預けている体制を直して言われた通りにしっかり両足で地面に立った。暖をとっていた手は離した。
しかし咄嗟に私の体重を支えるなんてレオも男の子なんだなぁなんてぼんやりと思う。駄目だあったかいレオに触れて少しだけあたたまった部分が更に寒く感じる。寒い。


「急に引っ張ってごめんなさい。痛い所あるかしら?」
「無い。もしあっても寒くてわかんない」
「お馬鹿。ほらあそこのベンチまで歩きなさい」
「うん」

私の頭にポンと手をおいたあと、今度はレオが私の右手をつかんで、くんっと軽く引いて近くのベンチへと導かれた。
今度は足がもつれることもなく、ゆっくりした足取りだがちゃんと動いている。

ベンチの前まで来ると、レオはおもむろに着ていたジャージの上着を脱いでギョッとして動けないでいる私に被せた。

「レオ?」
「良いからジッとしてなさい」
「ん?………う、わっ」
「よいしょ」
「れれれれレオ!?」
「暴れたら落ちるわよ」
「ハイ」

ジャージを私に被せてTシャツとハーフパンツ姿という今の私からすれば寒すぎる格好になったレオは、ベンチに座ってボーッと立っていた私を抱きよせた。
そしてよいしょという声で左の膝に私を座らせて私の足をレオの足ではさみこんだ。
レオの両腕で上半身を支えられてはいるが、不安定な体制に怖くなっている私の両手はレオの肩に置かれている。

「………なにこれ」
「あなたを温めてるの。風邪でもひいたらどうするのよお馬鹿」
「温かいけど………温かいけどこの体制になった意味がわからん」
「良いじゃないの。私の気分よ」
「わーレオかっこいー」
「棒読みじゃ何も伝わらないわ」
「というかさっき体温奪うなって…」
「お黙りなさい」
「レオツンデレ疑惑」
「お馬鹿」
「…足に私座ってて痛くない?」
「痛くない」
「私冷えてるよ?」
「冷たくて火照った体冷やすのに丁度いいわね」
「レオ」
「なあに」
「あったかい」
「あらそう」
「レオから良いにおいがする」
「さっきシャワー浴びたからかしらね」
「温かいシャワー使えてズルい」
「体育館部活の特権ね」
「私は寒いのにズルい」
「今こうして温めてあげてるのはどこの誰かしら。離すわよ」
「おネエで素敵なレオ様です。…離しちゃやだ」
「じゃあしっかり捕まってなさい」
「うん。………ねえレオ」
「なあに」
「パトラッシュ…僕もう眠いんだ…」
「永遠に寝てなさいな」
「…レオの腕の中でなら本望」
「………………」
「………………」
「………ちょっと」
「………………」
「ねぇ。ねぇ、ちょっと………本当に寝たの?」
「………………」
「………………名前?」
「………………」
「………お馬鹿。」