境界の彼方 名瀬博臣


幼馴染は、異界師である。
そしてここら一帯を纏めている由緒ある家柄、名瀬家の長男で、一つ下の妹へ変態といえるほどの極度のシスコン。

それが私から見た彼の肩書である。



「博臣」
「やだ」
「まだ何も言ってないけど」
「駄目だ」
「…決定に変わりは無いわ」
「危険すぎる」
「それは博臣も同じでしょう」
「だからだよ」
「決壊の張れる異界師は総出で虚ろな影から街を護れ。名瀬家からの命令よ」
「…」



虚ろな影がこの街に近づいている。
強大な力の虚ろな影がやって来ればこの街に潜む妖夢達は力を増し甚大な被害が出るだろう。
その最悪の事態を危惧した名瀬家は強固な結界を張れる異界師を召集、街を防衛せよと命を下した。

命に従い結界を張るのが得意な私も例に溺れず配置につくために自宅から出ようとした。したのだが。


「離しなさい、博臣」
「やだ」


同じく防衛に配置されている筈の博臣に捕まった。


「いい加減にして」
「それはこっちの台詞だ玲。どうしても行くのなら檻に閉じ込める」
「じゃあ檻を壊してでも行く」
「駄目だ」


捕まえられている右腕を離せと言わんばかりに振ってもびくともしない。
普段は飄々としているただのシスコンの癖に、こういう時には頑として譲らない。
博臣は昔からそうだ。誰かが傷つく所を見ていられない。優しい博臣。


「虚ろな影に対抗してフルパワーで檻を張るのなら私なんかを閉じ込めておくのは余計なことよ」
「余計なんかじゃない。…頼むから家で大人しくしていてくれ」
「駄目」
「名前!」


強い力で引っ張られて、目の前に博臣の顔が現れた。強引に向き合わされた。

顔が見えれば表情がわかる。博臣の瞳は揺れている。
異界師としての博臣。
名瀬としての博臣。
兄としての博臣。
…幼馴染としての博臣。

彼の肩書は一介の高校生にしては多い。
いろんな肩書が彼を縛り、雁字搦めにして離さない。
今だって、名瀬としての博臣は一人でも結界の張れる異界師は多いほうが良いと思っているし、幼馴染の博臣は私が傷つくのを恐れている。


「博臣、離して」
「名前が家で大人しくすると約束するなら離す」
「それは無理な相談ね」
「なら離さない」
「離しなさい」
「やだ」
「博臣」
「名前、君は、俺に残酷なことを言う」
「…」
「俺に好きな人一人護らせてくれないのか」


私の腕を掴んでいた手は、向き合っている今は両肩に置かれていて。
その言葉が博臣の口から発せられたと同時に、ギュッと力が込められた。


「博臣、わかっているでしょう」
「…」
「その言葉は名瀬家が許さない」
「…」
「…その言葉を口にするあなたこそ残酷だわ」


異界師の能力によって体温が低い博臣は常に手が冷たい。
その冷たさ以上に、今博臣が発した言葉は私にとって刺すような冷たさで心臓を突き刺してくる。

名瀬家は名家だ。博臣はその名家の長男だ。その血を、その力、家を絶やさぬように次世代の優秀な異界師を輩出しなければならない。勝手に結婚するなどあり得ない。勝手に恋愛をするのも許されるわけが無い。一介の異界師の私とそんな関係になる事はこの先一生訪れることは無い。
故に私と博臣は幼馴染のままだ。そこが許される境界だから。


「…ごめんなさい、護られるのは性に合わないの。でも博臣、私はあなたが生きているだけでこの街を護る理由になる。直接あなたを護る事はできないけれど、あなたのいるこの街を護ることで貴方を護る事になると信じてる。だから信じて博臣。私を信じて。明日また、会えるって」
「……男前すぎるよ、名前…」


泣きそうな声でそう呟いて、博臣は私の肩へ頭を押し付けた。




好きの境界とは