企画傲岸不遜なお兄様!へ参加しました。


兄には「完全無欠」「冷酷非道」こんな言葉がふさわしい。
赤司家には二人の子供がいる。兄の赤司征十郎と、妹の私だ。
兄は幼いころからその高い能力を発揮し、大人達に見せつけてきた。自分こそが赤司家を継ぐのにふさわしいと。
に妹の私はなんでもそつなくこなす兄と違って何をやってもそこそこ。普通。平凡。つまりは家のお荷物。
女の身であるため多めに見てもらってはいるがいずれ家の為によそ様へ嫁ぐのだから恥ずかしくない程度に料理洗濯所作作法その他もろもろを鍛錬しろと父から言われてやってみても、やはり兄には敵わない。そして埋められない差を兄からまざまざと見せつけられるのだ。


「…もうとっとと一人立ちしたいです黒子先輩」
「………もう少し我慢できませんか。名前さんまだ中学1年でしょう」
「無理です」
「即答はやめなさいと言ったでしょう」
「……でも無理なものは無理です…」


兄が所属するバスケ部が休みの日を狙って、同じバスケ部である2年生の黒子先輩をバニラシェイクを餌に図書館へ呼び出した。内容は兄の愚痴とか家の愚痴とか兄とか兄とか兄とか…。シェイクはこの後私が奢る予定だ。
偉大なる日本文学のコーナーで借りる本を決めるために立ち読みをしながら小声で話していたが、私はうなだれて仕舞われている本の背表紙達にゴンと頭をぶつけ黒子先輩は軽くため息を漏らした。


「赤司君は相変わらずですか…」
「なにか言いました?」
「いえ」
「…一応、茶道とか、華道とか、香道とか、着付けとか、父に言われたものはそれなりに結果を残してます。でも兄は、必要もないのに割り込んできて私の目の前ですべて完璧にこなして最後にドヤ顔で去って行くんです」
「一部花嫁修業には必要ないものがあったのは気のせいですか」
「気のせいではないですけど赤司家には必要だとかなんとか…」
「金持ちの道楽…」
「なにか言いました?」
「いえ」


目の前に舞姫があったので借りるために一冊抜きだす。チラと隣を見ると本棚を見つめる黒子先輩の腕には既に3冊本がキープしてあった。流石本の虫。
抜き出した本の付近を見やると目に入ったタイトルは坊ちゃん…ふむ、これも借りよう。


「ドヤ顔で去っていくならいい方で。最悪なパターンはお稽古の最中に口を出してきたり…決め台詞は」
「先生に向かって「不出来な妹で申し訳ない」でしょう。耳にタコが出来るぐらいです」
「…はい」
「名前さんは一般的に見れば普通どころか、よくできる人だと思いますよ」
「その励ましももう何十回と聞きました…」
「そうですか」


お稽古中の先生への兄の台詞を思い出し若干うんざりとしながら黒子先輩の手招きに導かれて次は海外文学へと移る。某有名魔法物語はごそっとなくなっていた。…しかたない、リング物語でも物色するか。シリーズものは下に集まっているので少し腰を落として本を眺めながら兄への愚痴を続ける。


「最近では小言が増えて…家にとって恥ずかしくない振る舞いをしろとか、そんな成りで恥ずかしくないのかとか」
「どこの姑ですか」
「私が兄より不出来でなにも出来ない人間なのはわかってます。それをわかった上で父も温情をかけてくれています。母がいた時はやんわりと守ってくれていました。…でもそろそろ限界です」


はぁ…と重い重いため息が口から吐き出される。
こうしてたまに胸に貯めこんだものを吐き出さないと兄と対面しているときに色々と爆発してしまいそうで怖い。爆発したあと、あの兄からめためたに叩き潰されそうでさらに怖い。言い返したことは無いが兄の事だ、何倍もの攻撃力を持った言葉で返されるだろう。バットで打ち返すどころではない。レールガンで撃ち返される。そうしたら私は塵すら残らない。


「高校になったら寮付きの高校に通えばいいじゃないですか。赤司君から離れられますよ」
「そうしたいのは山々ですが中学受験の時も兄にだけ内緒で寮付きの女子中学に行こうとしたら阻止されました」
「赤司君…」


お手上げだと言わんばかりに額に手を当てて項垂れる黒子先輩。なんだか毎回こんな感じになっていて申し訳がない。

兄はドラマに出てくる姑のようにネチネチ文句を言って、いざ私が離れようとすると全力で逃避先を叩き潰す。
最初は幼稚園のお友達が被害にあったが、幼い私は当時は兄の仕業とわからず小学生になってからやっと気がついた。
物心ついた頃から兄の嫌味は始まっていて、いくら私が努力をしてやっとそこそこの結果を出しても目の前の完璧な兄には痛くも痒くもなく。嫌気が差した私は小学校の途中で父に我儘を言って転校しようとしたが、予定していた学校から入学を拒否され。中学は女子校に行けば男の兄は手が出せまいと思っていたら入学願書が帝光にすり替えられていた。そして予定していた女子校は閉校の危機にさらされている。

受付で各自借りる本の手続きをしてマジバへと向かう。私は3冊に対して黒子先輩は一気に借りられる限度の8冊だった。流石本の虫。でも受付の人になかなか気づいてもらえなかったのは流石の影の薄さだ。最初は私も第3体育館の幽霊の噂を聞くまで全く分からなかった。
マジバに着いて、席取りは黒子先輩に任せて私はサッとシェイクの会計を済ませて黒子先輩へと持っていく。これで今日のお悩み相談は終了だ。
私は家へまっすぐ帰り、黒子先輩は暫くここで本を読んで過ごす。
シェイクは毎回の相談料と兄と同じ建物の中にいたくない私の我儘に付き合ってくれたお礼のつもりで奢っている。


「今日もありがとうございました」
「気をつけて帰ってください」
「はい。では失礼します」


いつもの挨拶を済ませるとくるりと体の向きをかえ、マジバの出入口へと向かう。そうすると黒子先輩の携帯が着信を知らせるのだが、それは私の知らないことだった。




「…はい」
『名前はちゃんと帰ったか?』
「いつも通りですよ。これ何回目ですか」
『さあな』
「いいかげん妹さんに優しくしてあげたらどうですか。いつか噛みつかれても知りませんよ」
『俺はいつでも優しい兄だが』
「どこがですか」
『一人っ子の黒子にはわからないだろうさ』
「緑間君を見習ってください」
『俺には必要ない。じゃあ、明日学校でな』



「…知りませんよ、僕は」





*****





「ただいま帰りました…」


黒子の元から名前がやっと帰ってきた。
俺が休みになるたびにコソコソと黒子を呼び出して図書館で過ごしているようだが全て無駄な行動だ。俺には名前の行動全てが把握できている。
父から名前に課せられている稽古全般もそうだ。書道や華道、茶道、礼儀作法から料理掃除洗濯など全てにおいて名前の力量は俺が把握している。父いわく名前の稽古は他家へ嫁ぐための修練であるがそんなもの俺は認めない。名前は嫁には出さない。幼いころから目に入れても痛くないほど可愛がってきた愛しい妹をどこぞの馬の骨になんぞやるつもりはない。しかし愛らしい妹の事だ。縁談話は掃いて捨てるほどやってくる。愛らしくて器量の良い名前だからな、それは仕方が無い。
に、してもだ。あまり評判が良すぎるとそれはそれで世間に名前を晒すことになる。それは俺の本意ではない。名前は赤司家が…いや、俺に愛でられていればいいのだから。そうなると勉強は兎も角心苦しいが花嫁修業の一環の稽古の評判を落とす事が名前を俗世の目から守る一番簡単で一番効率の良い方法であるからして俺はそれを以前より実行してきた。名前の稽古の様子を見守り、必要があれば俺自ら手本を示し、またある時は胸を痛めながら名前の評判が落ちるように画策する。
勿論、いまだに送り続けられている縁談話は全て握りつぶしている。名前が嫁に行く必要はない。赤司家には既に俺が長子として立場を確立しているからわざわざ名前が婿をとる必要もない。


「おかえり名前」
「…兄さん。わざわざ出向いて何の用ですか」
「たまたま通りがかっただけさ。それよりお前は玄関をくぐって挨拶もできないクズなのか?」
(名前が帰ってきたから顔を見に来たんだよ。ほら俺にただいまっていってごらん?)
「………ただいま戻りました」
「それでいい」
(よくできました!)


うん、円滑なコミュニケーションがとれている。実に気持ちがいい。
日頃部活で忙しくなかなか構ってやれない分こうして休日に実際に顔を見て会話をするのが俺の至福の一時だ。


「名前、叔母様からお前に良い茶葉を頂いた。来い」
(叔母様から美味しい紅茶を頂いたから一緒に飲もうね、俺の部屋においで!)
「いえ、私は借りてきた本を読みたいので自室にいます」
「本なんてどこでも読めるだろう…あぁ、読めないくらい集中力が無いのか」
(俺の部屋でも本は読めるよ!邪魔しないよ!)
「……それでいいです。とにかく一人で静かに読みたいので」


「紅茶はお手伝いの田中さんにお願いして自室でいただきます」と俺に背を向けて照れた様子を見せる名前。年頃だからな、兄の俺に構われて照れてしまうのも仕方が無い。だが俺としてはもう少し家族のふれあいをしたい。楽しみたい。何か話題は、何か話の種になるものはないか…何か、名前の興味を引くような……あ。


「そういえば、あの女子校」
「…なんですか」
「経営難で破産手続き申し立てをしたそうだ」


名前の入学先を調べた際に不正を見つけたので陰からつっついておいたら案の定自己破産になった。やはりあの怪しい女子校より俺がいる帝光に変えさせて正解だった。俺の先見の目は正しかったようだ。

名前は長い睫毛に縁取られた眼を大きく見開き珍しく心から驚いた表情をしてゆっくりと振り返った。


「…それは、あなたの仕業でしょう…?」
「は?」
「幼稚園の時のお友達のお父様が左遷させられて一家転居を命じられたのも…小学校の時に転入先の学校から入学を拒否されたのも…女子校も…全部、全部兄さんがやったことでしょう…?」
「なんだ、知っていたのか。知らなくていいことをよくも調べたな。お前には関係のないことだ、忘れろ」
「わす、れろ…?」


そうだ。あんな下賤な者達のことなど名前の目に写っていい筈が無い。
結果的に左遷になった名前の幼稚園の頃の友達の父親は下心が目に見える様な男で、子供を利用して父にすり寄ってきた。仕事振りを調べさせたがとくに目立った成績は無い。つまり子供とその友達である名前を利用して父に近づき赤司家の力でのし上がろうという魂胆なのだろう。丁度その男の上役が俺に媚を売ってきていたので口添えをしたら簡単に海外に飛ばされた。可愛い名前を利用するからだ。ざまあみろ。
小学校もそうだ。入学している児童の性格や生活態度を調べさせたらとても名前を通わせられる場所ではなかった。


茫然とした様子でドサッと名前の手から持っていた鞄が落ちた。どうしたのだろう?
「名前?」と声をかけても顔をうつむかせて何の反応も返してくれない。出掛けにどこか怪我でもしたのかと心配になって一歩近づくと名前は玄関の棚の上においてある手紙開封用の鋏を荒々しくつかみ、反対の手でポニーテールにしている自慢の美しく長い髪を引っ張って


「名前!!待て!何をする気だ!!」
「…出る。もうこんな家出る。こんな髪いらない。こんな…こんな…」
「やめろ!」
「兄とも人とも思えない悪魔と同じ髪なんて」



ジャキッ



はらはらと、絹のように輝く赤い髪が床に広がる。
それは一瞬血のようにも見え、しかし美しく舞う絹糸はスローモーションのように俺の視線を奪った。
何故だか黒子の言っていたことが脳裏に広がる。
『いつか噛みつかれても知りませんよ』
今がその時なのだろうか。
名前に言われた悪魔という言葉が俺の胸を深く深く抉った。





花の色は

花の色は うつりにけりな いたづらに わが身よにふる ながめせしまに

花の色もすっかり色あせてしまいました。降る長雨をぼんやりと眺めいるうちに。
(わたしの美しさも、その花の色のように、こんなにも褪せてしまいました)



十数年という長い月日に兄によって幾度となく友人も居場所も失っている私。色あせた花のように私もいつか一人寂しく老いていくのでしょう。





*****





「…それで?名前さんをキレさせたあげく赤司君はそのまま突っ立ってただけなんですか」
「……あぁ」
「馬鹿ですか」
「……あぁ」
「それでもお兄さんですか」
「……あぁ」


翌日。帝光中学男子バスケットボール部一軍が使用する体育館ではチームメイトのであり名前の相談相手(という名の愚痴吐き相手)の黒子が珍しく沈む赤司から赤司妹家出事件の顛末を聞いていた。


「可哀想に。兄から毎日のように罵倒されて」
「可愛がられることもなくっスか?」
「小せぇ時赤司のせいで友達どっかいっちまって?」
「一家で地方に行った後アメリカに行っちゃったみたいだよ?」
「もう忘れられちゃったんじゃなーい?妹ちんかわいそ」
「逃げようとしても無駄とは…理不尽すぎてキレるのも無理ないのだよ」


上から黒子、黄瀬、青峰、桃井、紫原、止めに赤司と同じく妹を持つ緑間からグサグサと言葉の刃が突き刺さる。
昨日、自ら鋏で髪を切り落とした名前は手早く荷物を纏めてそのまま赤司家を出て行ってしまった。赤司はと言えば悪魔と言われたことがショックで家事手伝いの田中が声をかけるまで思考が停止し茫然と突っ立っていたままだった。急いで携帯で名前と連絡を取ろうと携帯を手に取るとメールが数件。この緊急時に何だと思いメールを開くと黒子と緑間から

『ついに噛みつかれましたか。自業自得ですよ赤司君』
『名前はうちで預かっている。一晩頭を冷やすのだよ』

という内容が。とりあえずベットに伏せて久しぶりに泣いた。
情けないが愛する妹から盛大に嫌われて思い切り泣いた。
父が帰ってくると名前から連絡が入っているらしく今後名前は別邸で生活するのと、暫くは近づいて刺激しない様にと釘を刺された。泣きたい。
学校に登校すれば遠目から姿を見ることが出来たが長く絹のように美しかった髪は肩につくかつかないかまでの短さになっていて、目があったと思っても何事もなかったかのようにスルーされた。泣きたい。
近づきたくても名前の傍には唯一の友達の緑間の妹がずっとついていて、赤司の傍では黒子や緑間が妨害をしてくる。泣きたい。


「名前に嫌われて……俺はこれからどうやって生きていったらいいんだ…」
「嫌われたままでも生きて行けますよ赤司君」





その後未来でアメリカに行った友達が黒子と出会い、相棒となって再び名前と縁が結ばれ嫉妬した赤司がオヤコロ事件を引き起こすのだがそれはまた別の物語である。



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*花の色は 移りにけりな いたづらに 我身世にふる ながめせしまに
百人一首 9番目 小野小町

補足:アメリカに行った友達はお分かりの方もいらっしゃると思いますが火神んです。
火神んのお父さんは赤司父に取り入ろうとしたわけではなく、ただ息子が仲良くしてもらっているお嬢さんの親御さんにご挨拶しとこうとかそんな感じでした。赤司君早とちりェ。
地方に引っ越さなきゃならなくなってお別れは寂しいけど新しい場所でも頑張ろうね!→アメリカへ栄転。
赤司君ェ…。

ツイッタにて「欲しいよー赤司短編のネタ欲しいよー欲しいよー」と呟いていたら神(册さん)のお告げがあったのではりきって頑張りました…!黒子先輩が超出張って超毒舌だけどまあいいかな!赤司が殴りたいぐらいのカスだからまあいいかな!バランス取れてるよね!!!
素敵な企画に参加させていただきありがとうございました!