「解せないわ」
「なにが」


テスト週間で放課後の部活が無く一緒に帰る事ができる貴重な時間。
ふと名前の左手を見るとあるものが無いことに気づいてそのまま左手を攫ってやった。


「…名前、あなた私があげたリングはどこへやったの?」
「無くしたら嫌だから家でしっかり保存してるけど…」
「それよ!リングは付けてこそ虫よけ効果があるのに何でつけてないのよ!!」
「ええ?あれそういう意味だったの?」
「このお馬鹿さん。それ以外にないじゃない」
「あー…」


納得したようで気の抜けた声を出す名前。というか今更気づくなんて女子としてありえないでしょう。思わず眉間にシワがよっちゃたじゃない。


「…もしかして、私以外に好きな男でも…」
「ち、違う!違う!!そんなんじゃないって!!」
「………本当に?」
「ほんとほんと!!」
「…ならいいわ、今は」


ちょっと不服だから左手を攫ったまま歩きだす。

つん、と塩素特有の刺激臭が鼻をついた。
朝練でプールで泳いだらしく臭いの元は隣を歩く名前の髪からで、ちらと見やると案の定肩につくかつかないかぐらいの長さのふわふわの髪の毛先は塩素と紫外線で傷んで、根元とくらべると大分色が抜けている。
聞けば襟足のダメージは深刻で、水泳部の練習で帽子をかぶって脱ぐと必ず襟足に2・3個毛玉ができているらしい。


「ねえ、名前」
「なあに?」


呼べば、直ぐに此方へと顔を見上げて不思議そうに眼を輝かせる。
毎回毎回呼び止めるたび、私だけにその顔を見せる事にこっそりと喜びを感じている。
誰にも見せる気は無い。
…あら、私ってヤンデレ気質なのかしら。

見た目ふわふわの髪に手を差し入れれば、その手に感じるのは昔の柔らかくてさらさらとした指通りの良い感触ではなく、ギシギシを塩素で傷みまくった感触。名前いわく片栗粉を握ったような感じ。


「レオ、痛いって。髪引っ張ってる」
「ねぇ名前、私の事好き?」
「はあ?」


目が大きく見開かれて、丸い瞳がさらに丸くなる。
表情を見れば「何言ってんだこいつ」という台詞が今にも口から飛び出してきそうだ。


「ねぇ、好き?」
「………す、き…」


少し体を屈めて真正面から再び問いかければたちまち顔を真っ赤にして俯いて、でもポソリと私だけに聞こえる声量で愛の言葉が紡がれる。
ああ、愛しい人。可愛い人。名前。名前。その震える声から発せられる愛情だけで私はいつも安堵するの。
いつかはそれだけでは足りなくなる日が来るのだろうけど今はこれだけで幸せを感じるわ。
たまらず髪から手を離して小さな体を抱き寄せた。
水の中では力強く水をかいて誰より早く泳ぐこの体も私と比べてしまえばただの小さな女の子。
赤くなっている耳に唇を寄せて名前だけに聞こえる声で私も愛の言葉を囁き返す。


「私もよ」


中学の頃から好きになって、言葉巧みに同じ高校へ進学させて親元から引き離して、やっと手に入れたのだ。

逃がす気は無い。

誰に渡すつもりも毛頭無い。


「私の名前…愛してるわ」



つかまえた