「ねぇルート、私お菓子を作ったの…食べてくれる?」
「名前がか?…珍しいこともあるものだな。明日は雨か?」


急に肌寒く寒くなってきた秋。秋雨やら突風やら不安定な天気が続く秋のつかの間の晴れ間、暖かな午後のティータイムに、名前は自ら作ったというお菓子を持ってきたらしい。
名前がお菓子を作るのは非常に珍しい。いつもならば、お菓子どころか料理さえしようとしない。キッチンに立つことすら拒否するのだ。故に珍しい。


「た、たまには作ってみようと思ったのよ!ほら、いつもルートに作ってもらってるし…たまには作ってあげようかな…と……」
「それで、何を作ってくれたんだ?」
「マフィンを作ったのよ、結構自信作なの!」


はい。と言ってニコニコしながらテーブルに出されたのは、ティーソーサーより大きくて茶色い硬そう…いや、硬いもの。平たくて厚さがあるため一見パンのようにも見える。しかし今彼女が言ったのは「マフィン」。………これがマフィン?


「………あー、これはマフィンで良かったか?」
「ええそうよ。型が無かったから丸型の耐熱タッパーで代用したの。ちょっと大きくなってしまったけど確かにマフィンよ」
「念の為確認するが、レシピ通りに作ったのか?」
「失礼ね!ちゃんとレシピ通り作ったわ!!」


…本当にちゃんとレシピ通り作れたのだろうか…。だいたいマフィンというものは生地がしっとりとしつつフワフワしていて、ケーキのスポンジが少し硬くなったようなものだ。つまりは柔らかい。手で簡単に割ることができる。しかし今俺の目の前にある彼女いわくマフィン……仮名マフィンは到底柔らかいようには見えない。


「割ってみるが、良いか?」
「ええ…って、ちょっと。マフィンなのに何故スプーンを使おうとしてるの?」
「いや、なんとなくだな…」


誤魔化しながらスプーンを手にとり仮名マフィンにあてる。そのまま力を込めて割ろうとするが…割れない。今度は仮名マフィンに2回ほど軽く叩いてみる。……コンコン、という音はもはやマフィンではない。というよりもケーキの分類の音ではない。…本当にレシピ通り作ったのか問い詰めようと思う。


「……………」
「……………」
「……………」
「…名前、もう一度聞くが、これはマフィンか?」
「ま、マフィンよ。だって材料はマフィンで作ったもの」
「材料『は』?そういえば耐熱タッパーで焼いたと言っていたが、オーブンでも大丈夫だったのか?」
「オーブン?そんなもの使ってないわよ」
「………は?」
「焼いたのは電子レンジよ。おかしいわね…作りたての時は温かくて柔らかかったのに何故硬いのかしら…」
「い、一応聞くが…材料は何を使ったんだ?」
「えっと、ホットケーキミックスとココアと牛乳と卵よ」
「あー、それだけか?」
「ええ。…あぁそうそう、バターを使おうと思ったら無くて、マーガリンも無かったから牛乳を代用したわ。あと卵は2個使ってみたんだけれど」


…今、彼女はなんと言った?


「バターの代わりに牛乳…だと?しかも卵2個…?」
「バターも牛乳も乳製品でしょ?元は同じなんだから問題ないわよね。卵は味が濃くなると良いと思って、隠し味よ。」


頬が引きつるのがわかる。
名前はケロッとした顔で恐ろしい事を言ってのけた。
温めは電子レンジ。
隠し味に卵をもう一つ…つまり規定量の2倍。
極めつけはバターの代わりにマーガリンでもサラダ油でもなく、お菓子を作るには油分の量が適格でない牛乳。
アーサーの普通に作っても兵器になるスコーンよりはだいぶマシだが彼女の料理オンチ加減ははっきり言って…酷い。フェリシアーノあたりが食べたら泣きわめきながら料理のなんたるかを説き、菊は青白い顔をして「善処します」とでも言いそうだ。


「……いいか、良く聞け。牛乳にバターの代わりはできない。」
「何故?同じ乳製品じゃない。」


「それはだな」と口にしようとしたその時、突如部屋の扉が勢いよくバーン!と開き、騒がしい人物が入ってきた。俺の兄のギルベルト。
昔はバリバリ仕事をして、やれ進行だやれ侵略だと他国に恐れられていたが……今やただのニートいや、プー太郎というべきか…


「ヴェストー、俺様は腹がへったぜー。なんか食うもんねーか?…お、丁度良いタイミングじゃねーか!流石俺様!そのクッキー俺様によこせ!!」


兄さんはズカズカとこちらに来ると仮名マフィンをむんずと掴み、そのまま口の中に丸ごと入れた。
少しバリボリという音をたて粗食した後、苦しそうに胸元をドンドンと叩き出した。水分が足りなくて苦しいようだ。
目の前にある少し温くなった紅茶が入ったティーカップを差し出せばゴクゴクと勢いよく飲み干す。


「兄さん、食べる時はもっと余裕をもって食べてくれ…」
「お、俺様は最強だから大丈夫だぜ……」
「今喉に詰まらせたのはどこのどいつだ?」
「そんな事より!!おい名前!!!」
「え、私!?」
「この味のしねークッキーよりもバサバサで粉っぽくて滅茶苦茶硬え物体作ったのお前だろう!!」


「パサパサってレベルじゃねえ!!まるで粉がそのまま固まってるみてえだ!!ヴェストがこんな物体作るはずがねえ!!」と、叫ぶ兄さん。少し言い過ぎではないだろうか?
と思えば「な、なによ!プー太郎に言われたくない!!」と名前は残った部分を自分の口に運んだ。
やはりバリボリと粗食する音を立て、水分を要求する。
先程の兄さんと同じように紅茶の入ったティーカップを差し出せば勢いよく飲み干した。


「……確かに…粉っぽい…」
「俺様は舌だけはよく肥えてるんだ、食いもんの食感ぐらいわかりやすく言えるぜ!」


それは誇らしげに言えることなのだろうか。


「で?材料は何使ってんだよ」
「ああ、それはだな…」


かくかくしかじか。
先ほど名前が言っていたことを詳しく兄さんに伝えると、兄さんは顔を真っ青にして名前に詰め寄った。


「ちょっと来い!!」
「え、ちょっと何!?」


パシリ。詰め寄った勢いのまま名前の腕を掴むと、そのまま引っ張ってどこかへ連れ去っていった。
大方、キッチンに連れて行って作り方を教えるのだろう。俺が理論的に説明するなら、兄さんは実践で教えるタイプだ。名前にはこっちの方が良いだろう。
兄さんも一応は料理ができる。普段は面倒くさがっているがその気になれば普段食ぐらいは自分で作れるのだ。というか、現在も俺がいない時は自分で作って食べている。

ポットにある残りの紅茶を飲み干していると案の定キッチンからギャーギャーと兄さんと名前の言い争う声が聞こえてきた。
さて…そろそろ俺もキッチンに行って名前に料理をレクチャーするとしよう。





料理は愛情





「愛が入ってればいいってもんじゃねー!!!」





※補足
・バターの代わりにマーガリンが使われますが、マーガリンも無かったら代わりになるのはサラダ油。牛乳はそもそもバターに比べてはるかに油分が少ないため代わりにはなりません。
・電子レンジで作れるレシピも勿論ありますが、お菓子を焼くときはオーブンで。オーブン機能付きのレンジがあります。
・卵は生地と生地を繋ぐ役目と、繋いだまま固まる凝固性の役目があります。レシピより多く使うと生地がガッチガチにかたまって固い物体になるので卵は規定量で使いましょう。

某友人の実録料理でした。