きみがわらって

昨日懐かしい人から電話があった。小学生の頃まで近所に住んでいた幼馴染だ。彼の両親の仕事の都合で大分前に離れ離れになっていた。それでも毎年年賀状は交換していたし、高校受験の時はお互い電話をして励ましあっていた。懐かしい思い出に顔を綻ばせながら、嬉々として受話器を取ると彼はとんでもないことを言い出したのだ。その言葉にあたしの頭は真っ暗になった。いやだ、見られたくない。そんな思いばかりが頭を埋め尽くして、後半の話は殆ど聞き流していた。もう少し早く言ってくれればいいのに、そしたら、せめて。

「転校生の沖田総悟でさァ」

そしてあたしの幼馴染、沖田総悟はよりにもよって同じクラスに転校してきた。教室の端の、他の皆よりも汚れている机に座りあたしはただ混乱していた。先生が「空いている席に座れ」と軽く促し朝のホームルームが始まった。総悟の隣はあたしが特に苦手ないつもクラスの中心にいるような化粧の濃い女子の隣だった。その女子はイケメンな総悟の顔を見てきゃぴきゃぴと積極的に話しかけている。しかし総悟はあまり関心を持っていないようでぼーっと黒板の方を見ていた。それに一安心する。先生は転校生によるクラスのテンションの高まりに溜息を漏らし、教室から出て行った。いつもなら恐怖に体が硬直するこの瞬間、しかし今日は皆の視線は総悟に注がれていた。

「お、お前そんなところに居たんですかィ」

しかし、総悟の一言に視線は一気にあたしに集中する。ざわざわと賑わいていた教室が一瞬静かになる。背中がぞわぞわと落ち着かない。しかし総悟はきょとんとした顔であたしの方を見ている。そのまま総悟はあたしに近づいてきて手首を掴み、そのまま教室から出て行った。必然的にあたしはその後を追う。教室を出る際、総悟の隣の席の女子があたしを酷い形相で睨んでいた。恐い。寒い。体が微かに震える。
どうやら総悟は屋上に向かっているらしかった。別段不思議でもない。この学校に来たのは初めてではない。総悟はあたしが一年の頃の文化祭に一度来ていたのだ。そのときは髪も今より長めだったし、帽子を被っていたから皆は気づいていないみたいだ。あの楽しかった頃を思い出す。今となっては学校は恐怖の場だ。総悟と一緒の学校だったらと何度考えただろう。総悟の話によれば馬鹿だけどいい人が沢山いる良い学校らしかった。泣きそうになりながら、足の速い総悟に引っ張られて一気に屋上へ駆け上がる。重い鉄の扉を総悟がなんなく開け放つ頃にはあたしの息は絶え絶えだった。

「そう、ごっ…」
「お前、どうしたんでさァ」

総悟の奇麗な赤い目が一直線にあたしを見据える。どくんと、妙に心臓が大きく脈打った。言えない。総悟は薄々感づいていると思うけど、言いたくない。いじめられているなんて。

「…もし、お前がアイツらにいじめられてんなら、」
「…っ」

核心をつく言葉に息が詰まる。顔を歪めて歯を食い縛る。そうしていないと、今にも涙が零れ落ちそうだった。厭だ、恥ずかしい、情けない、嫌、いやだ。
総悟が離れていってしまう。ふとそう思った。あたしのこの姿を見て、愛想をつかして皆みたいにあたしを冷たい目で見るようになってしまうかもしれない。考えただけで体中がガクガクと小刻みに揺れる。総悟は依然あたしの手を掴んだままで、きゅ、とその手の力が強まった。

「俺と一緒に、アイツらに仕返し、しやせんか」

意外な一言に言葉が出なかった。すると総悟は捲くし立てるように「俺の大事な幼馴染いじめるなんてアイツら頭おかしいんじゃねぇか」と早口で言った。その言葉にとうとうあたしの涙腺は崩壊、涙が止まらなかった。そうごは優しくあたしの背中を撫でてくれる。ぞわぞわと落ち着かなかった背中は総悟の温かい手に宥められ、ガクガクと震える体は力をなくしてその場にへたり込んでしまった。「辛かったですねェ」と優しく言ってくれる総悟のことばが、とてもすごく辛かった。
涙は止まる気配を見せない。

(すげえ顔)
(ありがとう。総悟、ありがとう)
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