俺とアイツは教師と生徒という関係ではあったけどそれ以前に近所に住んでる知り合い以上恋人未満って訳で、別にそれ以上でもそれ以下でもない。同じ学校に居る今でも夜中に一緒にDVD見たり夕飯食ったり勉強教えたりしてる。俺がこの学校に勤め始める前も、勤め始めてからも俺達の毎日に変わりはない。それに俺は保健医と言う生徒と関わる機会の多く、たまには生徒の悩みまで聞いているタイプの教師だから本当に教師生徒の関係なんて大した問題になっていない。それを裏付けるかのようにあいつは俺のことを「晋助」と呼ぶし俺もあいつを呼び捨てで呼ぶ。でも俺はあいつみてえになにも考えない浅墓な行動をしたりはしない。他の教師が居る時とかは、ちゃんと苗字で呼んでやってるんだ。だから教師と生徒の恋愛とか訳わかんねえモンと勘違いされたりしねぇんだ。本当にただたまたま近所に住んでるだけ、そう思われてる。ここに勤務し始めてから、随分演技が巧くなった。それだけ苦労してこの関係を保っている俺に、感謝して欲しい位だ。本来教務室にしかないコーヒーメーカーをこっそり保健室に持ってきたやつでコーヒーを入れる。ちなみにこのマグカップは確か随分前のバレンタインにあいつがくれた奴だ。その時はここに市販のチョコをたっぷりつめて持ってきていた。まあ手作り食わせろと我侭を言い、ここにはすこし焦げたパンケーキが入った訳だが、まあ甘すぎるよりはコゲなんかでも苦味があったほうがいい。ツボを心得ているというか、あいつといると俺はなにかを我慢したり無理をしたりする必要がない。もしも仮にあいつが甘ったるいカップケーキを俺に満面の笑みで差し出したら俺はその甘ったるいのを「うまい」といいながら間食するほかないだろう。そのご胃がもたれるのは決められた事実だ。

「しんすけ」

「んだよ、今日は食いモンねえぞ」

コーヒーを啜りながらぼんやりと保健便りを書いていたら今日もやって来た。今日は保健室は空いている、というより俺とこいつの二人しかいない。こういう時はお互いの家に居る時みたいに接することができるから好い、とても楽だ。俺が呆れた目で俺の机の脇にしゃがむ奴を見下ろすと、そいつはぶすっとした表情で「いっつもなんか食べてるみたいないい方しないでよ馬鹿」と言った。ガキのくせにいっちょ前に女っぺー表情しやがる。こちらを見上げる目は長いまつげが影を作っていてとても風情的だ。体だけは成長したってかァ?そんな奴に「現に食いモンばっか食いにきてんじゃねえか」と冗談のつもりで笑ってやったら本気でキレた。んだよ、そのブタみてえな表情。やっぱまだまだガキじゃねえか。ああ、焦って損した。こんないきなり大人っぽくなられたら俺が困るだろうが、お前がそれくらいが丁度言い。つうかそれ位じゃないと色々とヤバイ。無意識だとか鈍感だとか、こいつは自分がどんだけモテてんのかを理解してねえ。たまたま廊下であいつとすれ違った時に多くの男子がこいつを見ていたことを俺はよく知っている。俺が頭を悩ませることの一割はそれだ。あとは保健便りのレイアウトだとかこいつとの関係を勘違いさせないようにする方法だとか、とりあえずほとんどはこのさわり心地の良い柔らかな肌を持ち合わせた奴のせいだ。

「ナチュラルに人の贅肉触んないでよ馬鹿!」

「おまっ、教師に向かって馬鹿とはなんだ馬鹿とは」

「うるさーい。晋助が悪いんでしょ!」

「チッ…放課後保健室来い」

「はあ!?なんで」

言葉の続きはなく、はあと溜息をつき俺に背中を向けた。なんだその態度。ぶちぶち愚痴を溢している背中に「もう15秒ぐれーで授業始まるぞ」と忠告してやると「もっと早くいってよ馬鹿!」と言いながら慌しく保健室を後にした。あいつ俺に何回馬鹿とか言ってんだよ。あいつがここに居た数分間で少なくとも三回は馬鹿と言ったぞあいつ。くそ、ぜってえ英語の課題も数学の課題も手伝ってやらねー。その代わりあいつの好きな国語とかの課題は早いうちに終らしてやろう。あいつの心底嫌そうな顔が目に浮ぶ。
まあ所詮は、俺も教師と生徒の恋愛とか訳わかんねえモンの虜になってるって訳だ。

放課後を思い浮かべ、にたりと誰も居ない保健室で笑う。はたから見れば気持ち悪いことはなはだしいがここには誰も居ないので別に気にしない。授業中の間は来訪者(たまに明らかなサボリのやつとか体育で怪我した奴が来る以外)はゼロに近い。学校によくあるタイプの椅子のせもたれに寄りかかり、さめたコーヒーを啜った。大分使っているものなので底のほうには黒ずみができている。それでも飽きることなくこのマグカップを使う俺は相当の馬鹿だ。馬鹿と言われてしまうのも仕方ないだろう。というか自分があいつの立場だったら俺はもっと俺に酷いことを言ってると思う。馬鹿とか阿呆とか死ねとかカスとかロリコンだとかフェミニスト…は違う。断じて違う。先ほども触れたとおりあいつは高校生にしてはやけに大人っぽい奴だ。外見だけ。





いつものようにぼうっと過ごすだけで放課後は直にやって来た。俺はこんなぐうたらな生活して給料なんて貰ってしまっても良いのだろうかと真剣に悩むほど今日は何もなかった。足早に会議を切り上げ白衣をロッカーに押し込んで代わりに車の鍵を指でくるくると回しながら保健室に向かった。すれ違う生徒達にさようならと挨拶され、それに適当に返しながら、足取りは確かに軽かった。保健室の白いドアを開くと中にはもう既に奴はいた。こちらを見て二言「遅い、馬鹿」と呟く。こいつはいつも一言余計だ。「遅い、」だけなら可愛く見えないこともない訳じゃなくない訳ではなかった。「早く来い、帰んぞ」とあいつの言葉を無視して駐車場に向かうと、背後から「のせてってくれんの?」という嬉々とした声が聞えてきて思わず頬がゆるむ。そしてその直後に近くに教頭先生を発見し、急いで後ろで嬉しそうに踊りまわってる奴の動きを止めた。そいつはしばらくきょとんと俺を見上げた後、一言「なに?」と呟いた。この野郎、俺の苦労もちったあ気づきやがれ。溜息を溢して歩を進めると化粧くせえ女子があまったるい声で「ばいばーい」とか行ってきたから「早く帰れ、下校時刻すぎてんぞ」とだけ言った。いつものことなので気にせず職員玄関に向かうと、その向こう側にある生徒玄関に行こうとしていた奴と目があって一言、

「あたしと晋助が付き合ってる、って皆勘違いしてたら女子が晋助に必要以上に近寄ることもないんだろうね」

俺は物凄く呆気に取られたような情けない表情をしていたんだと思う。畜生、

待ってなんて云わせない

何年待ったと思ってる

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