断固私は元気だと主張する。
しかし、私の意思とは反して体温計は異常な数値を返している。おかげでベッドに縫い付けられ、怠惰な休日を過ごすハメになった。

今日はせっかく、久しぶりのデートだったのに。
でも仕方ない。スポーツマンに風邪を移すわけにはいかない。今回のこのデート、中止はあまりにも悲しいから、延期にさせてもらおう。

「もしもし」
「おー、どないしたん。あっ寝坊か!?そらワイも楽しみ過ぎてあんま寝られへんかったけど!寝坊て!」
「いや…ちがくてね」

今まで行けなくなって残念という気持ちだけだったけれど、行けなくなって申し訳ないという気持ちのほうが勝った。
そっか、楽しみにしてくれてたんだ。
でもその気持ちだけで、私は少し嬉しくなった。

「熱ゥ!?えっ、ちょ、それホンマなん」
「うん…だからね、今日のデートは」
「そら大変やんか!今から行くから寝とき!」
「え」

言うなり電話は切れた。
相変わらずよくしゃべる。私が口を挟む暇なんてほとんどなかった。
やばいとは思うものの、少し嬉しいのは、やっぱり熱に浮かされているからかもしれない。

ほどなくして、インターホンが鳴った。

「って、なんでおまえが出んねん」
「いやあ、親は仕事でいないし、私元気だし」
「熱あんねんやろ?まあ長く立たせとく訳にもいかんしとりあえず邪魔すんで」

我が家に何度か来たことがあるからか、私を布団に縫い付けた途端にビニール袋を持ってどこかに消えてしまった。
体感ではまったく元気な私は暇を持て余す。しかし頭は熱でゆらゆらしていて、いつもは考えないような事を考えていた。

「なーるーこ」
「ちょっと待っとってや、今お粥作っとんねん」
「鳴子」
「…なんやねん熱出してお子様になってもうたん?まあお粥なんて煮るだけやから、ちょっとなら相手できるで」
「さみしい」

普段の私なら絶対言わない。あとで恥ずかしくなるからやめればいいのに、なんて他人のように考えた。
鳴子の方は、ひとつ間を置いて、たぶんびっくりしてたんだと思う。したの兄弟をあやすように私を軽く抱きしめて揺すった。

「そやなーさみしいな」
「うん」
「ワイも今日会えないん嫌やったから、さみしくてここに来たんやで」
「うん…ありがとう」
「もうすぐおかゆできるで」

すごく幸せだったけど、鳴子はスっと立ち上がり台所に行ってしまった。
いなくなった方から「アカンやろ…アレ」という声が僅かに聞こえて、少し我に返り恥ずかしくなった。
戻ってきたらいつもどおりの私になれるように頑張ろう。

「ほぉら、鳴子君特製のお粥やでービックリするほどウマイねんこれが」
「料理なんてできんの」
「下の兄弟おるとなあ、多少できんと困るんや」
「そういうもんなんだ」
「そういうもんや。…あ、ふーふーしたろか」
「いや、いい」

断ったのに、鳴子は少しばかり嬉しそうにふぅとレンゲに息をかけた。そして腰をくねらせてレンゲに手を添えて、新妻のように私の方を向いた。

「はい、旦那様、あーん」
「あー」
「ツッコンでくれへんのかい」
「病人にはツッコミなんてできません、あ、おいしい」
「せやろ、隠し味あんねん」
「何?」
「溢れんばかりの愛」

語尾にハートがついていた。新妻プレイは続行なのか

「旦那様、お体おふきしましょうか?」
「うわ」
「その前に薬やな、口移しでのましたろか」
「うわ」
「…嘘に決まっとるやろ、ドン引きすなや」

そういうとぽいっと薬を投げられた。
私が薬を飲み終えると、鳴子はさも当然といった顔で私の布団へもぐりこんできた。
ウソだろ。と鳴子の肩を掌でつっぱねると、スケベっぽい顔をしていたので軽くグーで殴った。

「ねえ、移ったらどうすんの、部活」
「章吉くんは風と友達なんんやで。せやから風邪なんか移らへん」
「えっちょ、それでいいのかアスリートが!」
「ええねん、気張りすぎたらアカンねんで」

結局押し切られる形で私は布団に鳴子の侵入を許した。
そして、鳴子の体温の心地よさに私はあっという間に夢の世界に旅立った。
我ながらまぬけだ。

折角鳴子がそばにいるのに寝るのはもったいないと思う気持ちと、薬の効果と、鳴子がそばにいれば寝るのも悪い事じゃないかもという気持ちが混ざった不思議な眠りだった。

「おはようさん、よう寝たか?」

どこかで、起きたら鳴子はいないと思っていた。
しかし彼は当然のように寝起きの私に笑いかけ、器用に果物ナイフでリンゴを剥きはじめた。

「台所いろいろと漁らせてもろたで」
「うん、それは全然いいんだけど」
「声かっすかすやで、ポカリいるか?」
「うん、ありがとう。あの、鳴子」
「ん?」
「りんご切るのうまい、ね…」

私のひきつったような笑みを見て、鳴子は「なんや寝ぼけとんのか」と言って笑った。

「うさぎさんとかは流石に無理やけどな」

私、リンゴ剥けないのに
なんとなく負けた気分になったけど、ほんのちょっといびつなリンゴは美味しかった。

「ほい、あーん」
「あーん」
「ワイも」
「あーん」
「あーん」

鳴子はわざわざ私にリンゴを持たせて、食べさせてほしいとせがんだ。
自分で食べればいいのに、とは言わないでおこうか。

きみの好きなとこ丸齧り

「今日はありがとね」
「ん、ずいぶん顔色よくなったやんか」
「また今度デートしようね」
「まあ、今日のも今日ので悪ぅなかったけどな」

そう言って照れたようにはにかむ鳴子が、私はものすごく好きだ。


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