「あれ?薬いるって言ってたっけ?」
「いえ。今日の用事はお薬じゃないです。それに完全なアポなしです。白澤さんいてくれてよかった」
「ふうん…今日は邪魔なやつもいないし…もしかして、やっと僕と寝る気になった?」

わたし、普通の獄卒。
白澤さんが入れてくれた不思議な味のお茶の入ったティーカップで手を温めながら、午後のうららかな時間をたくさんの薬に囲まれて過ごしている。

「死んでください」
「つれないなあ」

それでも、白澤さんは愉快そうな顔を崩さない。私なんかただのガキにしか見えてないんだろう。物凄く軽くあしらわれてる気がする。
私だって成人女性なんだけど。童顔だからだろうか。だとすると物凄く不愉快だ。
しかし、今に限ってはそれでいい。

「お願いがあるんですよ」

最近の悩みは、直属の上司である鬼灯さんが妙に冷たいこと。
もともと彼は多忙だし、地の性格が優しいわけでもないのだけれど。

「そういえば、桃太郎さんは?」
「ん?ああ、おつかいに行ってもらってるんだ」
「そうなんですか」
「うん。だから、ふたりきりだね」

私の返事がワンテンポ遅れたせいで、微妙な静寂が部屋を支配した。
いや、でも。男と女と言ったって、冗談のように私を口説きこそすれ、白澤さんは私に指一本触れたことがない。相手にされていないのだ。だから今のもきっとタチの悪い冗談だろう。
気を取り直して、お願いしたいことを簡単に説明した。さっきの気まずい空気はあっという間に消え去った。

「えーっナニソレ。僕に、君とあのクソ野郎のキューピットをやれってこと?」
「…何言ってるんですか、違いますよ。白澤さんは私をここに居させてくれればいいんです。鬼灯さんは白澤さんがお嫌いですから。」
「そう。よかった」
「お仕事の邪魔をするようで申し訳ないんですけどね、最近のあの人の態度には腹が立ちます」

名づけて「日頃から1人で行ってはいけないと言われている白澤さんのところにひとりで勝手に行って鬼灯さんを困らせよう作戦」だ。
私と目も合わせないくせにひとりで白澤さんに会っちゃいけないとか、対して話もしないのにやけにジロジロ見てきたりとか。最近の鬼灯さんの行動は目に余る。だから、少し困らせたら、少しは鬼灯さんも私に対する態度を改めるのではと思ったのだ。
私が具体例を交えながら説明しても、相変わらず白澤さんはニコニコと笑みを絶やさない。

「へえ〜あの朴念仁がねえ」
「とにかく!しばらくここに居させてください」

鬼灯さんも、白澤さんを見習ったらいいのに。
人懐っこくてつい世話を焼いてしまうような、不思議な魅力のある人だ。鬼灯さんも、白澤さんまでとは言わずとも、少しは人当たりがよくなればいいのに…。

「どうぞ〜好きなだけいていいよ。でも」

すっと白澤さんが私の目の前に立った。白澤さんも鬼灯さんと同じくらいの長身で、彼の影は私を覆う。

「ここは僕の家なんだから、僕が何しようと勝手だよね?」
「…え」

白澤さんの手が私の頬に触れ、首に滑り込む。恐怖が身体を支配するが、顔には熱ばかり集まった。嘘、だって、相手にされてないんじゃ

「いっつもあいつが傍にいるからなかなか手を出せなかったんだけどさあ、ラッキーだよね。丁度桃タロー君もいないし」
「え、あ、あの」
「うん。ウブで可愛い」
「は、はく、たく、さん」
「大丈夫大丈夫、始めてなんだったら優しくするからさ」

腰をがっちり捕まえられて、逃げられない。私だって鬼なんだから、白澤さんを押しのけるくらい容易いはず。なのに、恐怖に似たわけのわからない感情が頭を支配して、体に力が入らない。
着物の合わせ目にゆっくりと、手が

「させませんよ」
「うわあっ!!?」

突然白澤さんの頭から血が噴き出した。おののいていると、白澤さんが倒れ込んできた。おそらく気を失ってしまっただろう白澤さんを抱えることに問題はない。問題は、白澤さんの影に隠れていた鬼灯さんの機嫌の方だった。

「そんな汚い淫奔の塊早く捨てなさい」
「ほ、鬼灯さん!」
「なんですか。そもそもひとりでここに来てはいけないとあれほど言ってあったでしょう。怖い思いをしたかもしれませんが、貴方も悪いんですからね。いつでもどこでも私が守れると言うわけではないのですから、せめて私の目の届く所にいてください」

言葉にするのも野暮なものがいろいろと察せてしまった。鬼灯さんの心配いていたこととか、私がいかに彼の配慮を無下にしていたかとか。

「こら、返事は」

ぽろりと、涙がこぼれた。
嬉しくて、申し訳なくて、お礼をしたくて、謝りたかった。
だけと伝えようとする言葉は全て嗚咽に吸い込まれて伝わらない。

「…そんなに怖かったんですか?」

鬼灯さんに白澤さんを奪われた。鬼灯さんは白澤さんを乱暴に投げて、しゃがみこむ私に目線を合わせた。

「ちょっと」
「ひっ…くず、う…」
「こっちを見なさい」

さっき白澤さんが触れたように、鬼灯さんの手が私の頬を撫でて、涙を掬った。と思いきや顔をそのまま無理やりあげさせられた。

「まず、貴方が無事でよかったです。流石の私の肝が冷えました」
「ごっ、ごめんなさい」
「次に、どうして勝手にこんなところまで来たんですか。ひとりで来てはいけないと言ってあったでしょう」
「それは」

言えない。私の子供みたいな我が儘で鬼灯さんを困らせたなんて。
私が押し黙ると、鬼灯さんはため息をひとつ吐いて、私のまぶたを一度舐めた。

「えっ…」
「まあいいです。最後に、私は貴方が好きですよ」



「あ、涙止まりましたね。それじゃあ帰りましょうか。仕事を放り出して来てしまったので、実はあまりゆっくりしていられないんですよ」
「え」
「…時間ができたら覚えておいてくださいね。仕事をほったらかしにしてまで私の言いつけを破った罰は、しっかり体で払ってもらいますから」

そういうと鬼灯さんはこちらをちらりともせず歩いて行ってしまった。

スーパーマンは笑わない

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