歌が好きだ
とても好き。大好きと言ってもいい。聴くのが好き。もちろん歌うのも。
人間の声がなくったっていい。楽器の声。響き。そんなものを愛してる。
かといって、私が天才音楽少女かというと、勿論そんなこともない。
そこらへんにいる、普通の、趣味は音楽を聴くことですとか言っちゃうような、ただの女子高生。
ただしバンドを組んでいる。まあ、売れてる訳じゃない。青春の一環みたいな。
私はギターボーカル。あとは、メインギター兼作詞の銀時、ベース兼作曲の晋助、ドラムの辰馬、何故かいるヅラ。あ、でもバンド名はヅラが決めた。
このメンバーが大好きだ。
今日は新曲を教えてもらえるらしい。
私は駅でたまたまあった銀時と晋助の家に向かっている。
「銀時の頭暑そう」
「本当だよクソあちー」
夏真っ盛り、まさしく夏休み。万々歳といきたいところだが、私は暑いのが苦手だ。
「アイス買っていこうよ」
「誰の金で?」
「……じゃあいい」
普通そこは割り勘じゃないの。日光がじりじりと肌を焼く感覚と、はじめからお金を払う気がない銀時の態度にとてもイライラして、私は銀時を置いて走り出した。
「ちょっ、待てよ!」
なんども歩いた道だからわかる。
角を曲がってすぐの小さな日蔭で、銀時が来るのを待つ。そんなに距離ないし、すぐにくるはず。
足音が近づいてくるのを、少しドキドキしながら待ち構える。…きた
「って、ぶわあ!」
「おまっ、ちか…!」
角のすぐそこ過ぎたらしい。曲がってきた銀時と思い切りよくぶつかり、私はしりもちをついた。
「いった…」
「おい、大丈夫か」
心なしか焦っているようにも聞こえる銀時の声のする方を向くと、だいぶ焦った顔の銀時が私に手を差し伸べていた。
「あーあ、今日だけはこんな風にならないようにと、せっかく…」
「え?何銀時、どうしたの」
「あ?ああ、なんでもねーよ。ホラ立て」
銀時の手をとる
ぐいっと勢いよく引っ張ってもらうと、お互いの顔がすぐ近くまで接近した。
「……あ」
「あ?」
「銀時の手、大きい」
「あ゛?」
しかも、かたい。
「そら男だしな」
「でも私もギターしてるのに」
「そんなの関係ねー…ってかギター!大丈夫か!?」
「あー!!」
傷でもついたら大変だ。私は急いでギターのソフトケースをあけて中のマイギターを確認する。お年玉とバイト代をつぎ込んで買った大事な大事な私のたった一本のギター。壊れたりしたら泣くどころじゃ済まないだろう。
「よかった…大丈夫だった」
銀時はため息を吐いた。
「何よ、大事なギターちゃんが壊れちゃったかもしれないのに」
「いや、そういう意味でため息ついたんじゃねーよ。俺、今ガラにもなく緊張してんの」
「え?なんで」
「…あのな」
銀時がもう一度ため息、もとい深呼吸をした。
「俺、実は」
「そういえば、晋助遅いって怒ってるかも」
「あーもう!黙って聞く!もしかして聞きたくないの!?」
「ごめんごめん!聞く!聞かせて?」
一瞬息がつまったような顔をして、銀時は大きな手で自分の顔を覆ってそっぽを向いた。
「…はあ、ったくなんでお前なんだよ…」
「あん?」
「いや、こっちの話。ちょっと待て」
そういうと銀時はいそいそと銀時のソフトケースの中からウォークマンを取り出し、イヤホンの片方を私に差し出した。
「あれ、銀時ってヘッドホン派じゃ」
「いーから!お願い聞いて」
その銀時の有無を言わさぬ態度になんとなく押し黙り、大人しくイヤホンを差した。
真夏の昼下がり、どこにでもあるような住宅街の小さな木陰でふたり、まだおおまかなラインしかできてない不完全な曲を聞く。
「……これ、」
「新曲。俺の詩が、その」
イントロが終わると、銀時の声で歌が始まった。
今までにもたまにあった。詩を付けた銀時が自ら歌って私に教えてくれることが。
でも今までと違う。いままでは直接歌ってくれたり、もっと適当に歌ったものだった。
気づけば私は銀時からもう片方のイヤホンも奪い取り、集中してその曲を聞いた。
別に感動するような内容じゃない。もちろん完成度も低い。緊張したうわずった歌がほかの人の耳に心地よく残るものとは思えない。だけど私にはそうじゃなかった。
それは銀時がはじめてかいた、恋の歌だったから。
「その詩、お前のためにかいたんだ」
「え」
「高杉にも言ってさ、ヅラと辰馬も、お前のための歌だってことは知ってる」
「え、えっ」
「歌ってくれよ、それが、答えだ」
ブルーハワイな夏だからくちびるを許してくれたっていいじゃない
「銀時」
「…おう」
「は、恥ずかしい…」
「うるせ…」
「でも、ありがとう」
私がそういうと、銀時はうなだれて黙り込んでしまった。
「あれ?ねえ、銀時」
「…なあ、それは、気持ちだけ受け取っておくわこれからもトモダチでいてネ的なアレなの?もしかして銀さん、今サラっとフられた…?」
あ、そういうこと
「違うよ、ねえ銀時、こっち向いて」
笑いながら銀時の暑そうな髪に触れてこっちを向かせる。
銀時は嬉しそうな泣きそうな複雑な表情で私を見た。
「泣いてる」
「泣いてねー」
銀時の片耳に、無理やりイヤホンを差した。人にイヤホンを差すのは難しい。銀時は痛そうな顔をしたけど、大人しく差されてくれた。
「涙目だよ」
「お前のせい」
リピート再生で二回目。一番盛り上がるサビのとこ。
真っ赤に熱い、夏の恋の歌。
「泣いちゃうほど私が好きなの?」
「うん」
あら、かわいらしい。
この状況で銀時がフられたら、相当恥ずかしいだろうなと余計なことを考えて、少し笑う。
「銀時」
キスをした
夏の正午、私の大好きな音が聞こえる。