じわりじわりと床板の湿っていた梅雨の時期の、ほんの切れ間のような晴れの日。長きにわたる雨に憤慨していた主、幸村はこの晴天に大変喜び、なんやかんやあった結果、男は仕事を休む権利が与えられた。午後になってようやく乾き始めた縁側の床板に寝そべる男。ぼんやりと城の美しい庭を眺める。日に当たり嬉しそうに輝く樹木と、未だ湿っていて薄暗い影ののこる石のコントラストが素晴らしい。
そこに、裸足で床板を軋ませる女が現れた。視線は庭に置かれているが、普段忍びとしてこの城に使えているその男、背後に現れた人物の特定など造作もない。
女の、ひたりひたりと素足が木に触れる音が何故か艶かしい。うららかな昼下がりには不釣合いなその意味の分からない艶かしさに、男は唾を飲み込んだ。
大人しく女の出方を伺う事にする。女は始め、檜の柱の影から男を見やり、そしてちらりと先ほど男が褒め称えた庭を一瞥した。そしてまた男に視線を投げる。
「さっけ」
愛らしい。幼少のころから呼ばれ続けた己の愛称を、あの細く白い咽が発しているのだと思うと、何故だかとても満ち足りた気持ちになった。しかしそこは男猿飛佐助、喜びをそのまま女の前で見せてしまうなんてことはできない。ここは寝たフリに興じるとする。
「さっけ、寝てるの?」
こちらの出方を伺うように、やや声量を落として問いかけて来る。一定の呼吸を心がけつつも女の行動一つ一つに愛らしさを感じている。やがて本当に男を眠っているものだと思いこんだ女はひたりひたりと男に近づいた。
「さーっけくん、おきてよ」





あなたと心中





女は大胆にも、男に馬乗りになって男の頬に触れた。これじゃあおちおち寝たフリもしていられない。あたかも寝起きを装って瞼を開くと、女は嬉しそうに顔を綻ばせた。
「聞きたいことがあるの」
女は軽い。しっかりと自分の上に座っているというのに、大した重みも感じない。それは常日頃から鍛え、過酷な仕事をしてきた男だからこそいえることだったが、仕事で相手にする他の女たちよりも軽いのは明らかであった。
「ちょっと、軽すぎ。ちゃんとご飯は食べてるの?」
「んー、女中さんのご飯は味つけが甘すぎてあんまり好きじゃないかなあ」
それは自分も常々思っていることだ、と男は内心深く頷く。しかし仕事上まずい食べ物でその場を凌ぐ事などざらにある男には好き嫌いがなかった。そういう些細なところで自分と女の立場の違いを感じさせられる。少し悲しい。
「だからね、さっけの作ったご飯なら全部食べられるし、おかわりもできるんだけど…」
少し悲しい、の悲しい、が今の一言で吹き飛んでしまった。なんて愛らしいのだろう。男である身ながら母性を擽られるのを感じた男は無意識に女の細い腰に手を回した。
「でもさっけ、忙しいもんね。」
自分の頬を撫ぜる女の手が、自分の橙色の髪に触れ、瞼まで下りてきた。
「ちょっと…」
「でさあ、さっけ、私に狸寝入りきめこんじゃうのは、どういうこと?」
己の睫に触れる指の艶かしさに声を荒げかけると、むくれた顔をした女がそれを遮った。男は目を丸くする。
「気付いて…たの」
「当然、一体いつからさっけの幼馴染をしてると思ってるの?」
冷や汗たらたらである。まさかばれていたなんて。じゃあ、あれもこれも、もしかしたら…。男は女への愛ゆえに女に隠し事をしてしまうことが多々あった。
「でもまあ、気付いてないふりをするのも、楽しいよ」
「……ゴメンナサイ」
ふふ、と空気を震わせるように笑う。男は思う、
ああ、きっと俺は、一生この娘には勝てないんだろうなあ。


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