私の先輩にあたる伊達さんは、とてもヘンな人だ。ろくに学校にいっていないのに(行っても殆ど寝てるかサボってるかなのに)凄く頭がいい。出席日数がギリギリでもその成績で学校側から黙認されてしまうほどだ。そんな伊達さんは、学校に居ない間、大抵の場合古いアパートで古めかしい文机に向かいガリガリと4Bの鉛筆を握って文字を書いている。それは時に男同士の熱く猛々しい物語であり、うら若き少年少女の恋愛であり、まったく未知のファンタジーであったりする。その全てに伊達さんの面影が見え隠れしていて、全てばらばらな物語の筈なのにどこかしらで繋がっているような気がしてしまう。
それは私が物語りの作者である伊達さんを知っているからなのか、それともこれを読んだ人は大抵それを感じるのか、私にはわからない。
唯一私にわかるのは、伊達さんはカステラと牛乳を好むことと、いつもは地味でどこにでもいるような人なのに、本当はとてもとてもかっこいい、ということだけだ。
そんなこんなで今日も私はコンビニの袋にカステラと牛乳を詰めて少々年季の入った狭いアパートに足を運ぶ。
鍵はかかっていない。そもそも学生なら誰でも持っている勉強道具や制服一式と、薄っぺらい布団と山のような原稿用紙に古ぼけた文机しかない部屋に泥棒が入る方がおかしい。私はいつものように日に当てられ茶色くぼけて特有のにおいを持つ畳を軋ませて伊達さんの背中を見つめた。今日も伊達さんは懸命に文字を追いかけている。
4時47分、この部屋に唯一ある窓からちょうど市役所にある時計が見える、まだ話しかけちゃだめだ。私は敷きっぱなしになっている薄っぺらな布団の上に腰をおろした。
現代社会に置いて行かれたような古ぼけた空間で、鉛筆が紙の上を駆ける音だけを聞いて窓の外を見つめる…ふりをして、伊達さんの寝癖のついた後ろ頭を見つめた。
しばらくその体勢のままじっとしていて、やがて座っているのが面倒になったから布団の上に寝そべった。横になって伊達さんの姿を見つめる。それでも音を立てない。立ててはならないからだ。
4時53分。もう少しだ。窓に面するように設置された文机に向かう眩い伊達さんをから視線をずらさずに瞳を閉じた。わたしのまなざしはまだはっきりと伊達さんを捕らえている。
このなんの取り得も無いように思われるアパートにも、特筆すべき点はいくつか存在する。おどろく程落ち着く空間だということ、いつも適度に騒がしく適度に静かなこと。そしてなにより、窓から見える風景は私を感動させるには十二分だった。

5時
軽快な、ちょっと間の抜けたメロディが町を覆う。すると鉛筆の音は途絶え、文机やその周りにちらかる原稿用紙を片付けることもせず伊達さんは立ち上がった。
今まで長いこと座っていたことを感じさせないような素早さで立ち上がった伊達さんはそのコンパスの長い足で狭い4畳半の空間を遠回りして私の隣に座った。膝が私のおしりにぶつかった。だけどお互い何も言わない。伊達さんは勝手に私のスクールバッグのそばに置いておいたビニール袋からカステラと牛乳と取り出し、特に特筆すべきところもないような動作で咀嚼しはじめた。しばらく咀嚼の音だけが部屋を満たし、なあ、という心地よく低い声がまるで素晴らしいホールでのオペラ歌手の歌声のように部屋を響かせた。
「原稿をまとめておいてくれ。一応番号は振ってあるから」
「その数字が読めればいいんですけどね」
私の可愛らしいとも言える皮肉に、そう言うなよ、と伊達さんはおかしそうに笑った。背中に生ぬるいものが触れる。伊達さんだ。私の横に寝そべる伊達さんが、骨ばった指を僅かに天井に向けた。
「感覚が無い」
私はこんな頭がいいのにちょっぴり馬鹿なような気もする伊達さんが好きだ。
「でも」
伊達さんの身体が私の顔に影を作る。私に覆いかぶさるような体勢で伊達さんは素朴な笑みを浮かべた。その指が、私の輪郭をなぞって顎で止まる。
「お前のことなら、わからんでもない」

矛盾を以って愛と為す


伊達さんってとってもきざなひと。きっと物語の世界の中にばかりいるから、そういう神経が麻痺してるんだ。

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