副長がかなりやってくれていた書類整理は順調に終了し、副長は無事に睡眠をとることができた(私はその間所々業務に綻びがでてきているところをそっとフォローしておいた。例えば干されていた洗濯物のシワをきちんと伸ばしたり)。いつもなら警備の班割りは最低5人からなのだけれど、今は人手不足だから少人数編成でとにかく多くの場所を警備する方針に切り替わっている。だから私と副長が一緒に警備に行くのも不思議ではないことはないのだが、如何せん私は女だ。それはどれだけコンプレックスに思っても変えることはできない。当然力や戦力は男性隊士には劣るし、できることも限られている。いくら副長と謂えど、私なんかと2人だけで警備というのは、流石に人員の割きすぎな気がする。今朝そう言うと、副長は「不審なものを見抜く力は男隊士以上だろ、お前が的確に俺に情報を流せば俺たちだけでもなんとかできる。自分の力を過小評価しすぎるなよ」と励ましなのかそれとも素で言っているのか判断しがたい言葉を貰った。とりあえずそれでやる気を回復する。新八君のおいしい朝ごはんを食べて隊服の袖に手を通す。私は戦闘職種ではないけれど一応基礎は叩き込まれているので刀も。玄関で靴を履くと、まだ寝ぼけ眼な銀さんがお見送りしてくれるらしい。朝から銀さんを見るのは不思議な気持ちだけど笑って「行ってきます」を言った。
「おら、行くぞ」
「はいっ」
「いってらっしゃ〜い」
5月5日の空はすっきりと晴れていてとても心地の良いものだった。

屯所から貿易関係のターミナルまでは徒歩10分という距離だったが、副長はあえて車で現場まで向かう事にした。運転席に副長、助手席に私、後部座席に定春が乗り込んだ。
「もしも何かあった時、車で行ったほうが応援を呼びやすい」
と言う理由から。しかしこの大忙しの時期に応援を期待するのはやや無理がある。待機中の隊士が全体の10%と小規模なため、人員を多く必要とする激しい戦闘には耐えられない。
だけど奴さんもこんな場所で大規模戦闘なんてしねェだろ。と言うのが副長の読み、下手に大惨事を招いたら今後の地球との貿易が不安定になってしまうからだ。だからするんだとしても小規模の、"秀逸な"副長と私でカバーできてしまう程度のものになるらしい。勿論、副長が想定している相手と言うのは連休に浮かれた国民たちではなく、意図的にこのゴールデンウィークブームを呼んだとも考えられる鬼兵隊である。しかも鬼兵隊には春雨艦隊の応援が存在している可能性もあると監察の山崎君は言っている。
当然、私は力の入った表情で副長の運転する車に乗っていた。副長の顔を覗き見ると、副長もこれから討ち入りに行く時のような鋭い表情をしていた。
「恐らく始めは送られてきた荷物の中にしこまれた小規模爆弾的なもので俺たちをおどかすつもりだろう」
神妙に頷く。それは私もある程度考えていたことだった。
「そしてどっかに隠れていた奴等が一斉に襲い掛かってくる。まずお前は俺から離れるな。そしてなんでもいいから気付いた事を俺に言え」
「はい」
「もし荷物の中に爆弾を思わせるようなものがあった場合、とりあえず犬に嗅がせてみろ危ないようなら液体窒素で固める。」
「はい」
「…というのが今までここの警備をやってた奴等の手法だ。もちろん爆弾なんてものは存在せず、なんの事件もおこらない可能性だってある。だが用心に越したことはない。品物を液体窒素で駄目にする許可は貿易庁から降りている。」
後部座席で丸くなっておとなしくしている定春の隣にある液体窒素が入った消火器のような形のものは、真選組の備品のひとつではある。しかし普段はお上が管理しているので実際使うのは初めてだ。きっとそれだけこの貿易関係の警備は重要視されているのだろう。
がんばるぞ
こっそり掌をきつく握って気合を入れた。

「こちら真選組の者です」
「わかりました。そちらのゲートからお入りください」
促されるまま係りの人についてゆくと、なんだか想像していたのと似たような場所にたどりついた。ベルトコンベアでたくさんのダンボールが運ばれてきていて、それを作業着を着た従業員の方々がより分けて積み上げている。
その光景を眺めていると、ダンボールの山の陰から見慣れた隊服を来た山崎君と原田君が現れた。2人ともいつもに比べると疲れた顔をしている。
「俺たちが警備していた間にあった危険物と思われるものは7つ、そのうち本物の爆弾は存在しませんでした。」
「しかし2つ爆弾に酷使した形状のものもあったので奴さんが送ってきたフェイクという可能性もあります。十分に気をつけてください」
山崎君と原田君が交代に今までの状況を説明している。
「わかった。ごくろうだったな。お前らは今日は屯所待機だ。十分身体を休めとけよ」
「ありがとうございますっ!」
喜んでいる事を端々から感じられる声音で2人は副長に礼をして、私達が入ってきた方へ小走りに帰っていった。
「じゃ、俺らもはじめるぞ」
「はい!」
配布されている地図を見ながら警備ルートをひたすら往復して、ベルトコンベアで送られてくる荷物のにおいを定春に嗅いでもらう。今までの警備員がつれていた警察犬よりもかなり大きい定春に戸惑ったり邪魔がったりする人たちがいたけれどあえて無視する。
午前9時から始まったこの仕事は、お昼ご飯を食べて休憩したあと再開した午後1時半まではなんの滞りも無く進行した。それまでで危険物と思われるものの個数はゼロ。さきほどの山崎君たちの報告からするとかなり少ない。だから何かの兆候かもしれないから気をつけろ、という副長の言葉に強く頷いた。午前とは違うルートを今度はまた往復する。定春のリードを離して自らにおいを嗅いでもらっていた時、今まで大人しかった定春が急に吠えた。
「定春…もしかして」
「ワン」
一気に緊張状態になる。私が液体窒素の用意をしているあいだに誰か、警備員の異変に気付いた職員の人が副長を呼んできてくれたらしい。
「これか」
「はい。定春が急に吠えて、急いで確認したところ中から秒針の音のようなものが聞えます。」
副長がダンボールに耳をつけて秒針の音を確認する。「よし、じゃあ――…」顔をあげた副長の言葉は最後まで続かなかった。――そのダンボールが爆発したのだ。
「副長!」
しかし爆発の規模としては市販で売られている花火程度。すぐ傍にいた副長にも怪我は無い。燻り燃えきれていないダンボールをこの部屋に設置されている消火器で消してしまうと、副長が声をはりあげた。
「皆さん!爆発物です。これから必要なものだけを持って非難してください!他にも爆発物がある可能性があります!」
そういい切るか言い切らないかのうちにダンボールの山の向こうから複数の爆発音が聞える。室内は急激なパニック状態に陥り、あっというまに無人になった。
「こうダンボールばかりだと爆発を未然に防ぐのは難しいな…。それにダンボールの影に攘夷浪士が隠れている可能性もある。絶対俺から離れるな」
「はい!」
刀の柄に手を触れて、ゆっくり前後左右確認しながら定春にダンボールを確認させて行く副長のうしろにぴったりくっついて周りを見渡す。背負えるようになっている液体窒素のボトルを背負い、片手に消火器を持つのは重くて結構疲れた。しかし我侭を言っていられる状況ではない。ある程度の間隔を開けて、ダンボールが爆発していく。その爆発物の数は今の所9個。まだまだある可能性があるので油断はできない。定春に爆発しそうなダンボールを探してもらいながら、もう爆発してしまったダンボールの消火作業に打ち込む。そして、ふと違和感を感じた。このダンボールの山の裏から、人の気配を感じるような気がするのだ。しかし気が立っているせいで気のせいを感じているのかもしれない。そう思い副長に報告しかねていると、ダンボール同士の隙間から作業着ではない衣服を着た人影が見えたのだ。彼もしくは彼らは私が気付いた事に気付いていない。
「副長」
小声で副長を呼ぶ。このうしろに誰かいます。しっかり確信を持って副長にそう合図する。そうすると副長も私を信じてくれたように強くしっかり頷いた。少し嬉しいなんて思ってしまったことは当面秘密だ。副長がゆっくりダンボールの向こう側に向かう。私がそれに続こうとすると、副長が振り返り「待っていろ」と合図を送った。
定春の隣に立って副長の様子を見守る。ゆっくりゆっくりダンボールの裏側に向かっていた副長が、いきなり走り出した。――いたんだ。定春によりそって副長が刀を振り下ろすのを見つめる。ガラの悪そうな攘夷浪士をひとり切り倒すと、今度は色んなところから数人の攘夷浪士が姿を表した。
だけど副長はそんな下っ端にやられてしまうような人ではない。副長の戦うさまに見入っていた私は後ろの気配に気付かなかった。私の方をみた副長がハッとした表情をする。私が振り返る前に、口をふさがれてしまった。しっかり抑えられてしまって振り返ることができない。凄い力だ。抜かったと後悔するには既に遅く、吠えてこちらに飛びかかってくる定春を私を捉えた男は軽々と避けた。
「てめえ!そいつを離せ!」
「…離せと言われて離すと思うか?副長さんよォ」
「チッ…」
声を聞いて、ハッとする。前の大規模な討ち入りで聞いたことがある。この低い声は、間違いない。
「高杉晋助…!」
かみしめるように副長の声からその名前が漏れる。やっぱりそうだ。急に恐ろしさが全身を駆け巡る。
「まァ、そう硬くなんなよ。オメーを獲って喰おうってんじゃねェ」
余計に身体が強張っていく。恐ろしさの中から這い出てきた死という文字がこんどは頭の中をぐるぐる回る。テロリストの言葉を鵜呑みにできるほど私は甘ったれた人間じゃない。冷や汗が隊服の下のワイシャツと背中の間を不気味に滑り落ちる。空調の整備されたこの室内で、自分の心臓がひとつひとつの音を大きく響かせる。落ち着け、落ち着け、落ち着け。
「高杉…オメーの目的はなんだ」
「クク…ッ」
高杉は私の腹部を押さえつける手はそのままに、私の口を塞いでいた手を離す。そしてその手を見せ付けるようにゆっくりと私の胸元に向かわせた。腕で腹部を押さえつけたまま、指先で艶かしく腰を撫でられる。「ちょ…っ」
「おま…高杉!」
「言ったろ、食うつもりはねえ」
高杉晋助は私の懐から手錠を取り出すと、しっかり捕まえられていて動く事の出来ない私の両腕に手錠を嵌めた。
テロリストに手錠を掛けられるなんて、こんな屈辱、信じられない。歯を食いしばって俯く。悔しい。私が抜かったせいでこんな屈辱を味わわされるし、副長に迷惑をかけている。
涙が出そうになるけど、気合で止める。泣いたら負け。そう自分に言い聞かせた。
「取引き、しようじゃねェか」
「取引き?」
「そう。」
高杉は余裕を持て余すようなゆったりした言葉で続けた。
「お前はこの女を返して欲しい、だけど俺は折角手下を犠牲にしてまで手に入れたこの女をそう簡単に返すつもりはねえ」
副長の足元にはもう息をしていない浪士が数人倒れていた。
ふっと建物の天井近くに備え付けられた小さな窓が目に入る。もうすっかり日が暮れていて、かなりの時間爆弾処理に没頭していたらしい。丁度真選組のある方角にある窓を見て、出発する前のことをぼんやり考えた。そうして少しの現実逃避をすると、窓の向こうがチラリと光った。
「邪魔が入ったか」
私の頭上で舌打ちをする音が聞えて、その意味を理解する前に建物の屋根の部分が爆破された。咄嗟に新たな爆弾かと疑うがそうではないらしい。立ち込める煙で状況が把握できていない私に代わり、副長が怒鳴り声をあげた。
「いくらなんでも警備対象を爆破する馬鹿があるかボケエエエェェエ!」
「だけど土方さん。綿密な計画を立てて潜入するなんてめ…俺たちにゃ無理でさァ」
「今めんどくさいって言おうとしたよな!?おい降りて来いテメーらァ!」
しばらく私もあっけに取られていたけど、だんだん状況が把握できてきた。建物の穴の空いた部分から2人の人影が飛び降りる。
「いや〜ウチの定春のお手柄だったなぁ」
「確かにそれは否定できねえな」
「ワン!」
「えっ!?どういうことですか」
「まあとりあえずお前はこっちこい。修繕費云々は兎も角として、とりあえず引き上げるぞ」
急にアットホームな雰囲気になったこの場に戸惑っているうちに、高杉は姿をくらましていたようだ。つい先ほどまでの事を思うと悔しくて思わず歯を食い縛ってしまうけど、私の安全を喜んでくれる皆にそんな顔は見せられなかったから、とにかく手錠を外す事を考えて屯所に戻った。

あとから聞いた話、私が捉えられて緊迫した状況だった現場にいた定春は天才的とも言える思考回路でこっそり屯所に帰って銀さんと沖田さんに危機を伝えたらしい。
「珍しく定春がワンワン吠えやがるから何事かと思ったら」
「アンタ達も遅くなっても帰ってきやせんでしたからねィ」
とりあえず事件が一段落(と言ってもまだ沢山の始末書は残っているのだが)する頃には時刻は11時を回っていて、その時遅い夕餉を取っていた私に銀さんが「今のうちに渡しといた方がいんでねーの」と耳打ちしてくれた。すっかり忘れていた私は、向かいで夕餉を取っていた副長に絶対にそこを動かないように言って私室に向かった。その場に残った副長と銀さんがどのような会話をしていたのかは謎である。

「副長!遅れてしまいましたがお誕生日おめでとうございます!」
「…は?誕生日?」
「あれ?副長の誕生日ってこどもの日ですよね?」
一瞬目を丸くした副長は、少々何かを考える素振りをしたあと、呆気に取られたように「忘れてた…」と呟いた。私は副長にはいささか不釣合いなラッピングのほどこされたプレゼントを押し付け、風呂に入ると言う言い訳のもとその場を逃げ出した。

わ、渡してしまった…!

立ち去りぎわに一瞬うかがえた銀さんの顔はにやついていて、私は恥ずかしさを隠すことができなかった。


同じ惑星にうまれた後編


「おめーら気付いてないようだから言っとくけど、おめーら両思いだからな」
「ぶっ!」
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