「気をつけてくださいね」
「そちらこそ、副長の不機嫌に振り回されないようにね」
山崎君にそう言われると、乾いた笑いを浮かべることしかできない。
巷にはゴールデンウィークという長期休暇に浮かれた輩が大勢居る。それを取り締まらねばならないのが大江戸警察…所謂真選組の仕事なのだ。
しかし今年のゴールデンウィークと言ったら、他の星の住人達の間でも話題になり「地球のゴールデンウィークとやらはネーミングがご利益がありそうだ」とかなんとかという理由で注目を集めている。
去年以前でさえ浮かれた輩による大小さまざまな事件が絶えなかったというのに、今年は他の星からの天人にも気を配らねばならないため、真選組の連中はゴールデンウィークとはいえ、ほぼ誰も休めない状況だった。
更に今まで警備が薄かったところにも気をつけなければならない。特に他の星と関係のある事柄…輸入現場やターミナル空港など今まではその業者の人達だけで警備から何からやっていた所にも念のため警備を回せという幕府からのお達しに、真選組隊士からの不満は大いに募った。

「こんなに忙しいのに、更に警備箇所を増やせなんて、酷すぎです」
副長の隣で、副長が処理してあとは局長がハンコを押すだけになった書類をまとめてクリップで留めていく。
「しゃあねえだろ。上は上で浮かれてる天人の奴等のご機嫌とりで急がしいんだろうよ」
大量の書類に囲まれながら、副長が煙草をふかす。「できれば外でやって欲しいんですけどね、書類に灰が落ちたら大変だし、においも気になるし。でも忙しいので外に出てる暇なんかありませんよ」「わーってるよ」私の故意に棘のある言葉で、副長は渋々眉間に寄せながら灰皿に煙草を押し込んだ。
「言っても別嬪な芸者のいる高級旅館だかにいってんだろィ?そりゃあちと不公平すぎらァ」
沖田の指摘に、私も大きく頷く
「しかもこの騒ぎに乗じて、春雨や鬼兵隊が動く可能性も十二分にあります。隊士の皆さんにも気をつけてもらわないと」
しかしこんな多忙の中で、どうしても警備の集中力が途切れてしまうのも仕方ない話なのだ。いくらある程度訓練された武装警察だからと言って、丸1日起きて市民に目を光らせているのも疲れてしまう。
「隊士達の睡眠時間もかなり削られてる…チッこんな人手不足になるなんて計算外だった」
副長が、ぐしゃりと書き損じの書類を握り潰す。書類処理に回された方もかなり疲労が溜まってきている。しかし、こんな事態誰だって予想なんかできやしないのだ。何故か突如始まった空前のゴールデンウィークブーム、4月後半になって急増した地球外からの観光客。4月末から5月の初っ端までに確保できる人員なんてほぼ存在しない。「予想なんて無理でしたよ」「…そうだな」結局そう言って諦めるしかない。一昨日からこの部屋に詰められっぱなしになっている副長の顔を覗きこむと「大丈夫だ」と何も言ってないのに一方的に区切られてしまう。副長、鏡見てないからわからないでしょうけど、結構ひどい顔してますよ。いつも清潔的でほかの隊士よりもむさ苦しくない…と言ったら失礼かもしれないけど、とにかく屯所では身なりにきをつけている方である副長のこんな姿を見るのは胸の痛む限りだ。
「あ、じゃあ土方さん。あいつらに依頼しやしょうぜ。」
私の手によって、なんとか机に向かってもらっている沖田さん(いつもサボってばかりだけど、忙しい時は言えばちゃんとやってくれる。それに頭がいいので結構書類を片すのも早かったりする)が、思いついたことをそのまま喋るように軽く口を開いた。
「性格はともかく腕っ節なら文句無しだろィ」
「え…まさか沖田さん…あの人たちに?」
いやさすがにそれは…そう思っている私に反し、土方さんは心底疲れたように眉間に指を当て「仕方ない」とでも言いたげな溜息をひとつ。
「…お前、行ってこい。お前がいきゃあ、あいつも喜んで依頼されるだろ」
「え、でも仮にも一般人に…」
「あいつらが一般人と呼んでいいんだったらこんなに警備もいらねーよ」
「そ、それはそうかもですが…」
「行ってこい。ついでにマヨネーズと煙草買ってこいよ」
疲労困憊の様子の土方にこれ以上反発する訳にも行かず、私は無理やり副長室を出された。
副長室から玄関に出るまでにすれ違った人数は0。殆どの隊士は外で警備、それ以外の隊士はローテーションで最低限の雑務と、惰眠を貪っている。そのことを思うと、やはり3人でも人手が増えるのはとても喜ばしいことに思える。彼らは何故か並大抵のことでは屈しないような肉体や精神を持っている。一般人に手を借りると言うのは本当はよくないことなのだけれど仕方ない。神楽ちゃんなんて専らの戦闘職種だし、新八君だって道場に住んでるんだから決して弱いなんてことはない。だけどやっぱり一番強いのは銀さんだ。銀さんはどうしてあんなに強いんだろう。動乱篇の時の銀さんが頭を過ぎる。きっと銀さんは、副長と闘っても勝てると思う。それは変な謙遜や買い被りではなく、戦闘には向いていない私が真選組で培ってきた客観的に自分達や敵の戦闘能力を測る目で見た結果であって、私はこの目に絶対的な自信がある。銀さんと副長は身長も体格もほぼ同じで、違いはもう精神的なことだけだと言ってもよさそうだ。副長は努力で武才をもぎとったタイプだけど、銀さんは決定的な才能と、恐らくとんでもない場数を踏んでいる。人情に厚くてなんだかんだ言って困っている人を放っておけない銀さんだから、きっと今までも沢山の苦労をしてきたんだろう。私はあんなに人情に厚くて、頼りになる人を見たのは2人目だ。その点を言えば、副長と銀さんは結構似ている。それが表に出せるか出せないか、の違いだけだ。
そうだ、だったら、銀さんに聞こう。そう思い立った私は冷蔵庫から手土産としてシュークリーム(本当は副長達に差し入れしようと思って買っておいたものだが)を持ち屯所を出た。

やはり、人手がかなり多い。いくら連休といえど、こんなに人で溢れかえるかぶき町を見るのは初めてのような気がする。しかも天人の割合がいつもよりかなり多い。しかも事件もかなり増えているようで、屯所から目的の場所までの僅かな距離で、隊服を着ているわたしに話しかけて来る人はかなり多かった。どれも些細な事件だったが、これじゃあ隊士の皆が疲れ果ててしまうのも頷ける。予定よりも大幅に時間に遅れながら、万事屋への階段を登りきると、中からは聞きなれた喧騒の声が聞えた。

「ワタシも出かけたいアル!」
「うっせえなあ!ちったあ静かにしろよ!今結野アナがリポートしてんのがわかんねぇのか!」
「ちょ、2人とも静かに…」

玄関から聞えるのには少しやかまし過ぎるような声に苦笑しながらインターホンを押すと、ぴたりとその声がやんだ。一応お客さんの前ではきちんとしてくれるつもりらしい。
新八君に促されて居間に入ると、相変らずの銀さんと神楽ちゃんがこっちを見ていた。
「お前アルか。お前らんトコ忙しそうなのに何しにきたアル」
「おっそれ結構有名な店のシュークリームじゃねえか!いや〜お前は気が利くなあ。ちょうど銀さんクリーム系の甘いモン食いたかったんだよねえ〜」
「ちょっと銀さん…行儀悪いですよ」
「えっと…」
新八君がさすがとしか言いようのない手際のよさでなんとか銀さんを仕事モードに移動させ、シュークリームを器に入れてお茶を出してくれた。心底感心してお茶をいただく。うん、おいしい。
「で?どうしたんだよ」
「えっと…真選組からの依頼なんですけど」
そう言ったとたんに、銀さんと神楽ちゃんの顔が曇る。新八君が「気にしないで下さい」とフォローを入れてくれた。
「ご存知の通り、ゴールデンウィークの波に乗っている江戸で、真選組はてんてこまいの大忙しなんです。屯所内の雑用を片付けてくれるだけでもいいので、どうか今日からウィーク明けまで力を貸してください!」
勢いよく頭を下げる。しかし銀さんの反応はあまりよくなかった。
「でもなぁ…せっかくの連休に仕事に借り出されるのもアレだし、多串君とかと顔合わせんのもなあ」
「どうか!このとおり!お願いします!報酬は弾みますから!」
「うーん」
「私にできることなら、連休明けになんでもしますので!どうかっ!」
「じゃっ、やってもいいよ」
銀さんが満足そうな顔で頷く。え?と思わず声を出すと「何でもしてくれるんでしょ?な・ん・で・も」と悪魔の微笑みで返された。や、やれらた…!銀さんははじめから私になんでもやると言わせる為に渋ってたんだ!ショックに呆然とする私をよそに、銀さんが立ち上がる。
「じゃあさっさといこうぜ?」
「あ、ありがとうございます……」
さすがドSコンビと呼ばれるだけのことはある…サディストは沖田さんだけだと思っていたのは大きな誤解だったらしい。

「じゃあ、新八君は隊士の皆さんのお昼ご飯をお願いできますか?今屯所にいる人たちの分だけでいいので…」
「わかりました」
「そして、神楽ちゃんは…沖田さんを見張っててほしいんだけど…絶対一緒に遊んだり、喧嘩したりしちゃだめだよ。今日の夜までちゃんと沖田さんが仕事してたら、酢昆布10ダースが経費で下りることになってるから」
「ヒャッホウ!酢昆布120個アルか!?まかせるアル!」
「…そして、銀さん」
「おう」
「銀さんは…私と市内見回りです隊服は体格が似ている土方さんから借りる事になっています。衣類用ファ●リーズしてあるので煙草臭くはありません」
「…なんか俺だけ危険度高くね?」
「すいません!人間不足なんです」
私の必死な形相を見て、銀さんは「ま、いいけどね」と言ってくれた。やっぱり沖田さんより優しい。
「じゃあ皆さんこの部屋で着替えてください。神楽ちゃんは平隊士用の隊服のスペアです。新八君は汚れても大丈夫な割烹着、銀さんにはいわずもがなが用意されています。着替え終わったら、脱いだ衣類はこの袋に入れて元あった場所に置いて下さい。そして副長室に来てください。」
そう言い残して三人を私の私室におしこんだ。神楽ちゃんも同じ部屋なのは考え足らずだったかもしれないけど、本当に時間も労力も足りないのだ。駆け足気味に副長室に向かう途中、中庭にいる定春と目が合った。家に定春一匹置いていくのは神楽ちゃん曰く「かわいそう」で銀さんと新八君曰く「危険」らしい。まあ、置いておくだけなら…と了承したけど、やっぱり中庭に白く大きい犬がいるのは初見では驚いてしまう。しかしそんなことに大きなリアクションをとっている暇はないので、スルー。兎に角急いで副長室とびこんで、副長めがけて敬礼をした。
「任務完了です。煙草はいつもの場所に置いておきましたし、マヨネーズは冷蔵庫の中です」
「おう。ごくろうだったな」
書類とにらめっこしながら言葉だけで私をねぎらってくれる。
「あと、沖田さん。ちゃんと仕事してくださいよ。私がいないからってサボれると思ったら大間違いですからね」
「へーへー、わあってらァ」
それでも私が安心できず、色々と沖田さんに言い含めていると、思っていたよりも早めに銀さん達は副長室に入ってきた。銀さんと一瞬目を合わせた副長は少し嫌そうな顔をしてまたすぐ書類に向き直り、神楽ちゃんと沖田さんも火花を散らしそうになるのを抑えて仕事にとりかかろうとしている。
「じゃあ、行きましょう」
「おう…あ、そうだ。定春つれてこーぜ」
「え?」
「あいつでけーし足早えから結構向いてるだろ。屯所に置いておくだけじゃこいつもストレスやらなにやらめんどうだしな」
たしかに銀さんの言う事は一理あるかもしれない。副長に確認は取っていないけどとりあえず定春をリードに繋ぐ。「こいつ女が好きなんだ」という銀さんの言葉の通り、銀さんには威嚇的な行動をしているけど私にはけっこう好意的だ。

銀さんと定春一緒に、さっきまたいだ門を再びまたいで外に出た。屯所が少し遠くなると、私は意を決して銀さんを呼んだ。相変わらず間の抜けた声で返事をしてくれる。
「あの、お願いがあるんです」
私の声音に、なにかを感じたのか銀さんは「どうしたよ」という返事を少し声量を抑え気味にくれた。
「いえ、別に大したものじゃないんですけど…」
「うん」
「やっやっぱりいいです!聞かなかったことに…」
やっぱり無理、と銀さんから顔を逸らすと、両手で顔を挟まれて銀さんのほうを向かされた。
「えー、気になる。依頼されている以上なんでも言うこと聞くから、行ってみ?」
赤い目が私をとらえる。必要以上にかすれて甘い声に、若干ヘンな気分になりながらも口を開く。この状況から逃げるためには素直に言ってしまうしかない。
「じ、実は…明日、副長のお誕生日なんです!だから、プレゼントを買いに行きたいんですけどっ、一体どんなのを買えばいいのかさっぱり…」
「ふーん…もしかしてお前、土方のこと好きなの?」
銀さんに率直なことを言われて、思わず声が裏返る
「そっそんな大声で言わないでくださいよう!」
「いや…お前のほうがよっぽど声でかいと思うけど」
銀さんが呆れたような笑ってるような顔で私の頭を撫でた。
「じゃあ、さっさと見回り終わらして、買い物行くか」
「で、でも…」
「なんだよ、提案したのはお前だろ。大丈夫、警備なんざこの定春君が居れば一瞬で終るだろうよ」
「え、それってどういう…」
いい終わらないうちに銀さんに横抱きにされる。それに大いに驚いて、声をあげる暇もなく定春の背中に乗せられる。次いで銀さんも定春の背中に乗ってきて…
「定春!こいつの為に走れ!」
「ワン!」
定春はパトカー並の速さで走りだした。

「ふう…銀さん警備…おつかれ様です。あと、ありがとうございました」
本当はあんな猛スピードの見回り、見回りとして成立してない気がするんだけど…。
「あんなに大忙しの勤務中の中で、お前も結構凄えよな」
「そっそういうこと言わないで下さい!…くれぐれも皆さんには内緒ですよ」
壁の向こう…もとい部下の部屋からそんな話し声が聞える。本日2本目の筆を…折った。みしりという嫌な音を立てて使い物にならなくなる筆。それを見て俺と総悟は深く溜息を吐いた。それをぐりぐりした目でながめている神楽。
「万事屋を雇ったのは帰って非効率的でしたかィ?」
「ちげぇよ、これは勝手な俺の公私混同だ」
「銀ちゃん、あいつからかって楽しそうアルな〜」
唯一の女であるあいつを気遣って一人部屋、しかも異変にすぐに気付けるように俺の部屋の隣にしたのはこんなところで役立った。万事屋との会話を一語一句聞き漏らしたりはしない。全部聞き取ってなにかやましいことでもあろうもんなら壁ブチ壊して万事屋もぶっ殺してやる。そう思うと自然と筆を持つ手に力が入る。みしり、と嫌な感触がする。
「土方さんも大変ですねィ」
「まったくアル。ニコチンコも銀ちゃんの軽さを見習えばいいアル」
「誰があんな糞糖尿野郎を見習うかってんだ」
自分がふて腐れているのを自覚しつつ、自然と煙草に手が向かう。いやしかし、煙草はさっきあいつが嫌だとかなんとか言っていたからできれば吸いたくねえ。しかしこんなイライラした状況の中で仕事なんて不可能…そう思うとやはり煙草に手が向かってしまう。
吸って、吐く。
たったこれだけの動作で灰にニコチンがまわり、少し落ち着くことができる。
「それじゃあ銀さん。これから副長室に雑務のお手伝いをしに行きますが、くれぐれもあのことを言ったり、土方さん達のお仕事の邪魔をしないでくださいね?」
「わあってるよ、ほんとにお前、世話焼きのバーチャンみてーだな」
「妙齢の女性にそんなこと言わないで下さい」
「へーへー」
その話を聞くなり、まだ半分も吸っていない煙草を灰皿に押し込んだ。総悟とチャイナがさも面白いものを見ているような目でこっちを見ているのはスルーすることにする。
「失礼します」
「邪魔すっぞー」
そして直に入室してくる2人。平静を装う俺と、笑いを堪える総悟とチャイナを見て、一瞬怪訝そうな顔をするが、あいつはそれよりも天井付近を漂う白い煙に着目した。
「ああっ副長!あなたまた煙草吸いましたね!?書類のある場所で吸わないでくださいよ!もう部屋出るなとは言いませんから」
これは…総悟とチャイナがふざけているように見えるところを指摘されるよりはよっぽどマシだった。大人しく説教を聴いているフリをしながら万事屋を伺うと、はじめは相変らずの死んだ魚の目をしていたが、この状況を聡く察知すると直に総悟やチャイナと同じ顔になった。
「ちょっと…副長、聞いてます?沖田さんも神楽ちゃんも未成年なんですよ?こんな狭い密室で煙草なんて吸ったらどうなるか位分かるでしょう?」
「あ?ああ…そうだな、俺が悪かった」
「ニコチンコ達、まるで結婚して結構時間の立った夫婦みたいアルな」
ぼつり、と神楽が口にしたセリフに、一瞬あいつが固まった。そしてみるみる赤くなり
「かっかかかか神楽ちゃあん!何言ってるの!ちょ、やめてよ!」
仕事中は決してくずさない敬語を崩して神楽を指摘した。その後も真赤になりながら必死に神楽に弁論するあいつを面白いものを見る目で眺めていると、横から総悟と万事屋が囁きかけてきた
「これ、結構脈アリなんじゃねえの?」
「そうでさァ土方さん。当たって砕け散りやがれ」
この手のからかいは…無視するに限る。
「おっと土方さん、無視ですかィ?あんた今日になってあいつが自分の部屋に万事屋あげてる時と、さっきあいつの部屋で旦那とあいつが密談してる時の二回、筆折っちまってるじゃねえかィ。今更しらばっくれたって、俺達ァ欺けやせんぜ」
「え?そうなの?多串君、ごめんね〜!」
「うるっせえてめーら!総悟テメエ余計なこと喋んな!万事屋もうるっせえんだよ!あと俺は多串じゃねえ、ひ・じ・か・ただ!仕事の邪魔だ!散れ!」
真赤になるあいつとそれに茶々をいれる神楽、笑い転げる総悟に万事屋、そして疲れ果てる俺…。副長室は一瞬で仕事場とは言えなくなってしまった。

「はっはっは!仲が良くて良いことじゃないか」
「局長!そういう問題じゃないんです。あの騒ぎの末、12枚の書類の喪失、そのうち4枚が幕府側に再配布してもらわなくてはならないもので、しかも12枚の半数以上が提出期限を過ぎてるんです!謝罪には私が向かいますので早急に幕府に連絡を取ってください!」
「まあそう焦るなって。どうせ今電話したところで誰も出んからな!」
「…は?」
そう洩らしたのは副長だった。
副長室が宴会会場並みの騒ぎを起こした末、結果として重要書類12枚の損失、万事屋メンバーと沖田さんの副長室立ち入り禁止処分、私と沖田さんと副長の減給、万事屋の皆さんの報酬の削減と散々な結果に終った。もちろん神楽ちゃんへの酢昆布もなし。
申し訳ない気持ちでいっぱいになりながらも冷静さを取り戻した副長と私で局長の元に謝罪に来た次第だ。
「今、何て」
「お上の奴等はゴールデンウィーク休で誰も居ないと言っているんだ。残りの下っ端じゃあそんな重要な書類の取引には使えないし、取引できる相手なんていないんだ。将軍もバカンス中だしな。」
「そんな…」
「兎に角、書類の再発行は6日までは無理だ。今日中に残りの書類を片して、明日は総出で警備にあたってくれ。」
顔があげられない。私はいたたまれなくなって畳みにおでこがつくほど深く頭を下げた。局長がわざとお上も休んでるということを強調してくれたことが、かえって私を深く刺した。お偉いさんはいないとは言え、一般の公務員の方は職務に当たっているのだ。その方たちの仕事の妨げになってしまったことはもう取り返しがつかない。
「お前達にも疲れが溜まってたんだ。爆発してしまうのも無理はない。だから今日の失敗を取り返すつもりで、明日は警備に励んでくれ。総悟たちにもそう伝えるように。いいな?」
「近藤さん…すまねえな」
「じゃ、じゃあ私、役所などに電話を入れてきます。」
今は4日の午後4時すぎ。これから頑張りに頑張れば、明日の午前6時には私ひとりでも書類を終えることができる。だから副長の権限などを一部私に譲ってもらって、それで全ての書類を終えてしまおう。その間に副長には休んでもらって…
「はい、はい!申し訳ありません…後日改めて謝罪に向かわせていただきます」
役所の方にぐちぐちと文句を言われながらも電話を終え、一旦自室に戻ろうと中庭に面する廊下を歩いてゆく。私のせいだ。私が仕事中に取り乱したりするから。いくら神楽ちゃんに副長が好きなんだっって暗にばれそうになったからと言って、あれは流石にだめだった。副長にも迷惑をかけてしまったし…。一人反省会をしていると、定春の姿が見えた。いつもと表情は変わらないはずなのに、なぜかこっちにおいでと言われている気がする。
「定春…私、失敗しちゃったよ」
「ワン」
隊士兼用のつっかけを履いて、定春のもふもふな毛に触れる。それはまっ白で、とても暖かい。定春の頭を撫でると、気持ち良さそうに私の体に頭をすりつけられて、大きな舌で頬を撫でられる。
「うひゃ、くすぐったい」
定春にべろべろ舐められて思わず定春に飛びつく。定春の背中によじ登って深呼吸すると、動物特有の臭さと、干した布団の匂いがして、思わずあくびがでた。
「折角お誕生日プレゼント買ったけど、なんだか申し訳なくて渡せないかも、なあ」
「クゥーン」
まるで私を慰めてくれてるみたいに鳴いてる。
「私が悪いのは分かってるんだけどさ、なんだか…」
涙が出てくる。私は暫く定春の毛を涙で湿らせながら泣きじゃくった。そして鳴きつかれた私は、そのまま眠ってしまった。

「おい、いい加減起きろ」
「んう…」
目を覚ますと、見慣れた天井と黒い物体が見えた。目がうまく機能しないまま起き上がると、おでこに何か硬いものが衝突して、痛みに私は再び布団にカムバックした。
「い…っ」
「ず、頭突きしてくる馬鹿があるか!」
どうやら私が衝突したのは私を覗き込んでいた副長の頭らしい。
「すっすいません…」
「まあ、いい…そろそろメシ食っとけ。明日の警備に、飯なしじゃあ堪えるからな」
まだ寝ぼけ気味な私の手を取って、副長は私を立たせた。手を引かれるままに副長について行く。食堂に行くのかと思いきや、副長は私の部屋のすぐ隣にある副長室に入ってしまった、鼻を突く煙草の臭いで、私はみるみる覚醒していく。
「はっわ、私…いつから寝て…!?」
「俺が気付いた時には犬の上でよだれ垂らして寝てたぞ」
顔から血の気が引いていくのを感じる。こ、これは…!またしでかしてしまった匂いがプンプンと!
「どっどれくらい寝てましたか!?」
「さあ…とりあえず今は午後10時だ」
「キャー!すいません!ごめんなさい!書類は!私がやりますから!副長は寝てくださいー!」
「うるさい、もう夜なんだから叫ぶな」
副長の最もな言葉に、私は大人しくすることにした。「もう時間が時間だから食堂は閉まってる。とりあえずお前の分だけ確保しといた。メガネに貰ってすぐお前のこと起こしに行ったからまだ冷めてねえ。はやく食え」
「はい…ありがたくいただきます」
「よし、それでいい」
土方さんは満足げに頷いた後、文机に腰掛けて筆を取った。ああ、やっぱり私が寝てる間にもお仕事してたんだ…。勤務時間外に入る時間帯なので、隊服ではなく着流しをきている副長はなんだか絵になった。暫くそれを見つめながらご飯をいただいていると、沈黙に耐えかねたのか副長は勝手に喋りはじめた。
「万事屋の奴等は空いてた座敷に泊まらせてる。メガネは志村姉ンとこに事情を説明しに行ってる。まあ未成年とは言え、短距離だから付き添いはいない。総悟は夜の警備に出かけてる。まああいつは警備の時刻までお前よりふてぶてしくそこで寝ていったから大丈夫だろ。…ああ、明日のお前の警備は午前9時から午後4時まで俺と一緒に貿易庁の運ばれてくる荷物の警備だ。あの白い犬借りて行く。まあ、警察犬がわりだ。幕府の警察犬は全部他のところに借り出されてるからこれも応急処置。」
「えっと、あの…」
副長の表情を伺いつつ口を挟む。副長が聞いてくれるようだったので、箸を置いて副長の方に正座をしなおして三つ指をつく。
「ありがとうございます。副長」
副長が僅かに呼吸を止める音が聞えた。机に向かっていた副長が動く気配がする。そしてそのまま、頭を武骨で手で押さえられた。反動で押し返そうとすると「顔あげんな」と制される。
「お前はなんでも気にしすぎなんだ。もうちょっとラフでいい…つっても、総悟みてえにされるのは困るけどな。あんま気にしすぎんのも駄目だ。そんなんじゃいつかお前、潰れるぞ。今日だって結構潰されかけてただろ」
なんだか今日は副長、よくしゃべるなあ。なんてちっとも脈絡のないことを考えながらも、私の目からは涙が一筋流れ落ちた。
「…っ、はい。わかりました」
「ん」



同じ惑星にうまれた前編

後編に続く

「#ファンタジー」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -