ただの庇護欲なのかもしれない。自分よりも弱い存在を傍に置いて自分の強さを確かめたいだけなのかもしれない。もし仮にそうだったとしたって、あいつは俺から離れられない。俺の周りにいるようなガキ共は、一丁前に成長中で、皆それぞれ何かわだかまりのようなものを抱えずには生きていけないでいる。それの解き放ち方も、その後何を考えて生きていけばいいのかも解っていない。それを教えるのが、俺。高校教師のやることだ。
きっとあいつだって、他の奴らと大した違いなんてない。だけど偶然なんてものではなく、必然的に今の状況を作り出している。トラウマと自己嫌悪とわけの解らない焦燥。それがあいつの主な成分で、俺はそれを解消することはできない。ただ傍に居るだけ。あいつは自分を必要としている人間が欲しいだけ。人肌が恋しいだけ。俺は教師として、男として、人間として、ただ抱きしめるだけ。涙に阻まれる泣き言に耳を傾けるだけ。不埒な慰めをあいつは嫌う。ただ返事をして、ときたま抱きしめる腕をきつくしてやればいい。それだけでいい。それが俺にできる最大限のことだ。
自分の感情をうまく伝える言葉を持ち合わせない(元々そんなもの存在しないのだろうが)あいつはまたそれをもストレスに感じて俺の白衣にシワを刻む。
地毛だという、少し色素の薄い髪を眺める。こんなに小さくで弱い心と身体で、必死に背伸びをして大人になろうとしている。苦しみに耐え、少しずつ大人の世界の卑屈さを覚えながら、それでも必死によじ登ってくる。自分よりも仲間を大切にするような年頃なのに、仲間を持たないあいつはすがるものが欲しいだけ。自分を大切にしててくれようとする存在を信じられないだけ。受け入れるのが恐い。だから俺がいる。俺はあいつにとって絶対の存在でなくてはならない。選択肢を間違ってはならない。あいつは、あいつのような奴等は、すこし傷つけられただけで、まるで世界に裏切られたかのように感じてしまう。相手の小さな行為が、あいつの頭をかき乱す。世の中の穢れを目の当たりにして、なおその輝きを手放すまいと足掻いている。繊細でナイーブで弱くて柔軟で硬くて薄い膜にとじこもる1人の人間。いつか膜を破って世の中を謳歌するために。
自分にこんな時代があったのだろうか。それは自分では知る事のできないことだ。だけどいつかあいつも穢れを受け入れなくてはならなくなる。この世の悪につかり、少しずつ穢れてゆく。
いつか、過去の自分を振り返り嘲笑う時代が、今俺の腕の中で嗚咽を堪え震えている少女にもやってくるかもしれない。それは嘆かわしいことかもしれない。だけど、そんな人間の過程と成長は、とても美しい。
「わかんないことばっかりで、何もかも難しすぎて、頭の中がぐちゃぐちゃで、もう、どうすればいいのかわかんないよ」
「うん」
「お母さんもお父さんも私のこと信じてくれない。きっと信じないくせに、私にはなんでも強要する。やってるよ、わかってるよって言ってるのに、」
「うん」
「私は信じてるよ、きっと。皆大好きだよ、でもね、私ね、私だけは、好きになれない。だっていいところなんてひとつもない。」
「うん」
私が好きじゃない私を好きな人なんて、信じられない。皆私みたいに、私を嫌ってるのかもしれない、うわべだけ、私を好きでいてくれてるのかもしれない。そう思うと人に近づけない。そのうわべの皮を剥いでしまうのがとても恐い。そんなことできない。

美味しい食べものなんていりません。綺麗な空なんてもう見たくありません。あの人が隣に居なきゃ何の意味もないんです。

私に近づいてくる人間が、少し恐い。だから先生、何も言わないで。その大きな腕で抱きしめて、静かに頷いて、それだけでいいから、それしかしないで。これ以上先生が必要になるのはとても恐い。先生に私の醜いところを見られたくない。先生のいちばんになりたいけど、私のいちばんを先生にはできないよ。そしたら先生、私先生を食べてしまうそう。

人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -