「じゃっ、じゃあ…お願いね」
「うん」
暖房のよく効いた部屋には、自分でも解るほど仏頂面の僕と今にも腹を抱えて笑い出しそうな僕の嫁とぼーっと空を見つめている僕の娘がいる。これは、昔の僕らに似ている。妹ができて浮かれているんだけど恥ずかしいから可愛がれない僕と、それを知ったうえでニヤニヤと今思い出してもむかついてくるような顔をしたあいつと、ぼけっと空を見つめた妹。まさかあの屈辱をもう一度味わう事になるなんて。とんだ災難だ。まあ僕もあれから少し大人になって、今のこの状況もなんとなく落ち着いて受け止めることができた。子どもができたと知ってからある程度は予測できていたこの屈辱…。僕はまだドアの先で生まれたての牛のように震えている嫁を見た。「いくらなんでも笑いすぎ」「いやっでも…っ佳主馬の仏頂面とその子のぼけっとした顔が…っ似合わなすぎて……っあははは」しかしいくら覚悟を決めたところで屈辱は屈辱以外の何物でもなかった。
「職場で思い出し笑いしそう…」
「やめてよ恥ずかしい…。だいたい笑えるような雰囲気じゃないだろ」
「まあね」
僕と嫁の職場はOZの日本部署のけっこういいところだ。僕はプログラミングで嫁はウェブデザイナー。今回嫁は急に入った仕事で家を出なければならないらしい。折角のふたり一緒の休みだったのにねなんて悪態を吐きながらプライベートモードから仕事モードに強制移行。シワひとつないスーツを着て10年前からちっとも変わらない笑い方をするのは、まぎれもなく僕の嫁だった。
「あは、そろそろ行かなきゃ」
「ん」
ぐちぐち言いながらアイロンを掛けていたにもかかわらず、案外すんなりと部屋を出た嫁。鍵がかかる音を聞いて溜息を吐く。子守なんていつぶりだろう。仕事で忙しい両親が居ない時や、ばあちゃん家でガキ共の世話をしたのは随分昔のことのはずだ。結婚後はなんでもかんでも嫁に任せすぎていた。ちっとも勝手が解らない家に1人残される…しかも、娘とふたりで…というのは案外緊張感ただようものだった。近頃は寝顔しか見れていなかった愛娘の動向を見守る。齢2の彼女は今懸命に熊のぬいぐるみにピンク色の拳銃を突きつけている。ゴリゴリと熊の眉間に拳銃を押し付けている娘は、なんというか危なく見える。
「…なあにしてんの」
「あー!」
言葉をしゃべるとはいえ、まだなんとなく意味のない言葉も発する。そのうちこれが抜けていって、僕に似たような生意気なガキになってしまい、10代半ばになる頃には「お父さんのと一緒に洗濯しないで、臭くなるから」とか言い出すんだろうか。そしてそれもいい思い出になった頃、現在築3年だから、そのころには築25年位…にどこぞの馬の骨とも知れぬヘラヘラした…まるで健二さいや健二さんを悪く言ってるわけじゃなくて、兎に角、男を連れ込み、僕はその男に「娘さんを僕に下さい!宜しくお願いしまあああす!」と土下座されてエンターキーを押されてしまうのだろうか。
い、嫌だ。
絶対にそんなこと断固拒否だ。小学校までは一緒に風呂に入るし僕が死ぬまで嫁と一緒にバレンタインデーにはチョコをつくってもらうし僕の納得できないような男を連れてきたら少林寺拳法でミンチにしてやる。妹が今そうであるように…。

「ぱぱ」
「え?」

娘は満面の笑みで僕にピンクの拳銃を突きつけ、引き金を引いた。

「ばきゅーん」

ずるいし勝てない

「あははははははははははっははは…」
「そんなに笑わなくたっていいだろ」
「いや、でもね、佳主馬、かわいい…」
「は?僕?」

親子でかわいすぎる
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