こころのおわり



私にとってあれはもう終ったこと。そうだった。だけれど身体に染み付いた過去はなにをやっても拭えない。思い出す。それはひょんなことから突然、だけども頭を覆って塞ぎ込んでしまいたくなるほど鮮明に、私に帰ってくる。
寒い季節はどうしても苦手だ。あの時を思い出す。傍に居る存在のない空間は酷く息がしづらかった。のどか枯れて痛い。気を抜くと涙が溢れてしまいそうだった。
今でもあれは、私を締め付けて離さない。丸々一年経った今でも私をきつく結び付けている。たまに眠っているとあの人の夢を見る。目が覚めた後は自分でも訳が解らないほど混乱して、1日ぼうっと過ごす事が多い。

きっとあれは、誰でも経験するような、ありふれた出来事だったに違いない。きっと誰に話したところで、私の気持ちを尊重してくれたりなどしないだろう。なにもわかっちゃいないのに、負けるなだとか諦めるなとか頑張れだとか、私はその言葉にまた劣等感を抱くんだろう。私は本当に、心の底からあの出来事を忘れたいだけだ。だから言わない。言えやしない。自分よりも努力している人に「頑張れ」なんて言えないように、察するに私よりも大きくてえげつない傷を負い、それでもひょうきんに振舞う銀時に、私のちっぽけな話など。
「お前…何、隠してるんだ」
「なんでもないよ」
銀時がくだらないアダルトビデオに視線を落としながら呟いた。息がしづらい。動悸が激しくなる。空気に晒された傷が痛い。ここから逃げたい。銀時の厚い胸板を突き飛ばして、もう全裸でもなんでもいいから。ひとりになりたい。私はいつでも、逃げてばかりだ。
「…言えよ」
「ただの、ろくでもないはなしだよ」
だって言えない。言えるわけがない。言いたくない。言うべきでない。
わたしは弱いから、銀時とは違うから。ヴン、デレビの電源が落ちる。「それでもいい。聞きたい」布擦れの音と銀時の低く唸るような声が私の体の奥深くを貫く。じんわりと熱くて痛い。
銀時。強くて優しくて私には到底似合わないような素敵な人間。きっと銀時に話してしまえば、今まで私が味わってきたような首を絞められるような劣等感や倦怠感を抱かなくったっていいんだろう。私が涙を流しながら甘えるように全てを吐き出してしまえば。私は銀時に見合うような人間ではないと告げてしまえば。真摯に話を聞いて、私の望むように何も言わずに居てくれるんだろう。
そして、私はきっとそれを疑う。解ったフリをしているだけなんじゃないか、本当は私のことなど何もわかってくれては居ないのではないか。そんな思いが底をつくこと無く脳を駆け巡り銀時との関係を壊してしまう。私はこれ以上、なにも失いたくない。
なにかを失う事すらできない、私はあんあん鳴いてどうで信じることのできない言葉で自分を騙す、ちゃちな人間だ。



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