沖田は平然と頭を下げた。自分が頭を下げるのは当然のことだと思っているのか、頭を下げる必要は無いが下げないといけない雰囲気になったから仕方無しにしているのか。判断し難いような無表情だった。沖田の綺麗な蜜色の髪が揺れて、可愛らしい旋毛が見えた。白い壁、消毒液臭いにおい、頭を下げる沖田。もう何度と無く見た構図だった。すぐ横のベッドでは、死んだみたいに白い顔をした女が静かな寝息を立てて寝ている。沖田は、たっぷり5秒ほど間を空けて再び俺と目を合わせた。俺よりも背の低く、見上げてくるような視線が、俺に対して罪悪感を抱いているのは歴然だった。

「すいやせん」

しかし、俺の対する罪悪感よりも、この女に対する謝罪の気持ちのほうがずっとずっと上回っている。沖田の上司、土方も3日に1回はこの病室に訪れて俺に一言詫びた。それ以外にも1日1回は喪服のように黒い服をきた連中がここに来ては、女の顔を寂しそうに見つめては帰っていった。別にそのこと自体には何も思うことも言うべきこともない。ただ、俺に対する同情の眼差しや、謝罪の言葉だけは止めて欲しかった。

「・・・ああ」

おかげですっかり、真選組隊士達の旋毛の位置はおおむね把握している。毎日毎日俺の眼前に可愛らしい旋毛を晒すむさ苦しい男共を、俺は形容しがたいのにこざっぱりした感情で眺めていた。

沖田が病室を後にして、またこの病室を静かな寝息が支配する。俺は息を押し殺して微かに上下する胸や、死んだみたいに白い顔を眺めていた。そうすれば俺の1日は瞬く間に消え去り、その日によって顔を変える夜空を軽く仰ぎながら自宅兼職場に戻り惰眠を貪る。従順な従業員やその保護者、この部屋の大家や軽い知り合いなどが顔を逢わせる度に俺を同情する目で見た。俺は同情されるようなことをしただろうか?俺は、本当に何もしていない。



「攘夷志士だったことを隠して、真選組隊士になる」

俺の唯一無二の女は、平然とそんな事を言ってのけた。この女がどのような人生を歩んできたか、これからどんな風に生きたいのかその為には何が必要なのか俺ができることはなんなのか。全て知る俺には「がんばれよ」と軽く微笑むことしかできなかった。それがあの頃の俺が導き出した最善の道であり、今もそれは変わらない。
むさ苦しい男共の中に女1人という状況に、俺がなんとも思わなかったなんて嘘は吐けない。だけど俺はある程度そこの連中を信用していたし、毎日定時に帰ってくる女の楽しそうな顔を見れば不安なんて何時しか何処かへ形を潜めていた。
女が真選組に入隊して四季が巡ったころ、俺宛に一通の手紙が届いた。「さかたぎんときさまえ」女は学が無かった。貧しい生まれだったし、女の最愛の師は女がかなを覚えた頃に死んでしまった。かなしか書けないくせに、妙に整った文字は俺にとって意外だった。かなしか知らないことを疎ましく思いつつも、誰にも漢字を習おうとしない女が、当然人に自分の書いたものを見せたがるわけが無い。かなばかりで読みにくい手紙を貰った時俺は、それまで形を潜めていた不安が再び姿をちらつかせたようで恐ろしくなってしまった。

"さかたぎんときさまえ

さかたぎんときさま。あなたにおてがみをかくのははじめてですね。せんそうがおわつてから、わたしがもじをかかなくてはならなくなつたとき、いつもなんでもないようにそつとかばつてくれるあなたがすきでした。
あなたならわかつてくれるとおもいます。わたしは、たたかいながらでないといきていくことができません。あなたにとつてはばかげたことかもしれません。それでもわたしは、いのちをけづりながらでないといきていけません。ほんとうにごめんなちい。
こんないきかたをしているのですから、おわりはかならずやつてきます。そのことは、あなたたちがいちばんよくわかつているとおもいます。なので、このてがみをのこします。わたしがしんで、もしもしたいがみつかつたのなら、そのしたいはむらじゆくのあつたばしよにほうちしてください。おねかいします。これだけが、わたしののぞみです。だれにおしえなくてもいい、おそうしきなんてもちろんいりません。ただ、さいごくらいはせんせいのおしえごでありたいのです。

せかいいちあなたをあいするうちゅういちのばかより"



その不恰好な手紙が届いてから僅か1ヵ月後、世界一俺を愛している宇宙一の馬鹿は、天人の開発したちんちくりんな兵器により意識不明の状態。それから目が覚めることは、まだない。
医療費やその他もろもろは全て幕府の金で行われていた。俺の生活を考えれば当然といえば当然のことだったが、女の遺した言葉を知らない連中に女を任せきりにしておくのはどうしても嫌だった。だけど俺にできることはない。せめてもの気持ちで、俺は毎日朝から晩までここに座っている。まるでそれだけの為に生きてるみたいに。今のこんな俺を女が見たら間違いなく悲しむだろうと思った。女が自分で決めたことなのに、女を生きているとも死んでいるとも言えないようにしている幕府を許せない俺も、俺が許せないやつらと大概同じだった。

ある人はその手紙を遺書だと言い、ある人は恋文だと言い、またある人は謝罪文だと言った

こんな機械に囲まれた哀れな姿でだらだらと放っておく位なら、このチューブを引き千切ってでもあの場所に寝かしておいてやりたいと思った。だけど。もう一度この目が開かれるときを思うと、どうしてもそれを実行に移せなかった。女が何を望んでいても、今の俺にはここで座って、女の一番近くでその意味のない生をみつめていることしかできない。今の俺はそれを良い事だとはどうしても思えない。ああ。今、奴等が皆俺を同情した眼差しで見てくる意味に気づいた。



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