夏の花火に煌くあの銀色のふわふわした感触が忘れられない。
彼もそうだったらいいのに。

溜息を吐くと、頭上からどうしたァ、と間延びした声が降ってきた。神楽ちゃんの暖かい手を繋いで、上を見る。そこにはしっかりと赤いマフラー装備の銀時さんが金槌を軽く振っている姿があった。

「どうしたもこうしたもありませんよ」
「なんで機嫌悪いの、あ、もしかして女の子のh「この梯子片付けていいですか?」…やめてくださぁい」

新年初の依頼は、真選組の沖田君が破壊してくれた民家の屋根の修理だった。壊してくれたからこそこの依頼があるのだけれど、外に長時間出ていなければならないこの仕事は辛かった。とは言いつつも大工仕事をできるのは万事屋メンバーの中に銀時さんしかおらず、私と神楽ちゃんと新八君は銀時さんが早く仕事を終らせるのを首を痛くして待っていた。つまり私が言いたいのは、早く終らせろ。そういうことだ。

「無駄口叩く暇があったら手を動かしてください」
「辛辣!」
「神楽ちゃん、そういえば冷蔵庫にケーキが…」
「やめてエエェ!」

銀時さんの情けない声が響いた。なんとなく今日のわたしは機嫌が悪い。いや別に女の子の日って訳じゃないですよ。右に神楽ちゃんの、左に新八君の手を握って銀時さんを見上げているのにももう飽きた。神楽ちゃんは靴で雪を掘って遊んでいるし、新八君は鼻を真赤にして銀時さんの様子を見ている。このままじゃ子ども達が風を引いてしまうかもしれない。

「銀時さあん、帰っていいですかあ」
「ダメ」
「どうして」
「ダメだから」

私達におっさん臭いのにしきしまったケツを向けて銀時さんは我侭を言った。神楽ちゃんと新八君が風邪引いちゃうよ、と言うとじゃあ子どもだけ帰しとけなどと言う。仕方ないので2人に500円を渡して帰りに暖かい飲み物でも買うように言って手を離す。子どもの体温が離れて行った手が急に冷たくなる。別れ際に、新八君が「銀さんもまだまだですね、正直に傍に居て欲しいって言えばいいのに」と言って去っていった。意味が理解し難い。よく解らないままひとり銀時さんを見上げていると急に頬に暖かい…いや私の冷え切った頬には熱すぎるものが触れた。びっくりしてぎゃあなんて下品極まりない声をあげて飛びのき振り向くと、からからと楽しそうに笑う沖田君が居た。
「修理はすすんでやすかィ」
「おかげさまで」
「はは、アンタん家の家計に貢献できて光栄でさ」
「ちょっとー、うちの子誑かさないでくれるう」

暫く退屈しのぎに沖田君と談笑していると、上から銀時さんの間延びした声がした。沖田君は至極楽しそうに銀時さんに「あんまりモタモタしてると取っちまいやすぜ」と言った。男同士のなにかの話だろうか。こんないたいけな18才を危ない場所に連れて行ってなければいいけど、銀時さんは「うっせ!」と煩わしそうに言い、沖田君はにやりといらいけな18才らしからぬ笑みを浮かべて去っていった。その後すぐに土方さんが走ってきて「総悟みなかったか!?」の一言。あと少し早く来てればよかったのに。土方さんは煙草をポイ捨てして新しい煙草に火をつけ、沖田君が去っていった方へ全速力で走り去って行った。車で行った方が早いんじゃないの。土方さんを見送ると、作業が終ったのか銀時さんが梯子から降りてきた。家のおじさんにお金を貰い道具を片付けて万事屋に向かって歩きだす。会話は特にない。いつも意識しなくても普通に話せるのに何故か今日はそれができなかった。

こういう時、私はあの花火を思い出してしまう。
きらきら光る大輪の花火の下で、鼻緒の切れた私といつもの着流しの銀時さん。ありがちな設定というのが本当に心ときめくからよく使われるのだと言うのを身を持って体感し、私に確実な変化を齎した夏。花火が煌くたびに銀時さんの顔に深い影が出来て、色素の薄い髪に極彩の光が反射する。すっかりそこに注意を惹かれてしまって、銀時さんが私を抱えるのに反応できなくて、「落ちるぞ」って言われて、慌てて銀時さんにしがみ付いて、さっきまであんなに綺麗に輝いていた銀髪が今私の目の前に揺れている。あの夢だったといわれたら納得できてしまえそうな出来事を、私は今でも鮮明に覚えている。

「………」

今わたしが履いている下駄が、まさにその時鼻緒が切れてしまった下駄だった。家に帰って直してもらった。今でも大切にしてる。本当は雪駄も欲しいけど、私はこの下駄が好きだった。
銀時さんを盗み見ると、ぼんやりした顔で前を向いている。無気力で、だらしなくて、ほんとうにダメな人。いざという時にしか煌かないという瞳。あの出来事は、その”いざ”だったの?私はあんなに煌く真赤な瞳を見たのは初めてだったよ。まるでルビーの宝石みたいに、すっごく綺麗だったよ。銀時さん、私はあの時からずっとあなたが好きだよ。

「…ふぅ」

そんな思いが伝わるはずもなく、私は視線を前に戻した。銀時さんの気持ちが解らないし、私が銀時さんを好きで、今以上の進展を望んでいるのかどうかも今の自分じゃわからない。だけど今の状態は苦しい。苦しいけど、居心地がいい。

「…なあ」
「え?」

まさか話しかけられるとは思わなくて、間抜けな声がでる。銀時さんの方を見ると、この寒さに鼻を赤くして不思議そうに私を見ていた。

「お前、雪駄とかブーツとか買わねーの」
「…うーん、今は特に必要ないですかね」

私の中でそれは小さな禁句だった。銀時さんにそれを聞かれたくなかった。

「お前、寒がりなのに?」
「これ、お気に入りなんです」

さっきは会話がないことに不安を覚えていたのに、今はこの会話が終って欲しくて仕方ない。積み上げたものを崩されるような、何を積み上げてきたのかもよくわからないけど確かにそんな感じがした。

「それ、前に1回鼻緒切れたじゃん。そんなんでいいの?」

どうしてこの期に及んでこの話を続けてくるのか。銀時さんが私の心の揺れに気づいていないはずはないのに。とても聡い人なのに。表情を伺うと、それも全てわかっていて私に質問しているようだった。それに、銀時さんは覚えていた。あの日の事。急に動機が激しくなって、この場から逃げ出したい衝動に駆られる。

「1度切れてしまったから、大切にしようって思ったんです」

そうだ。間違った事は言っていない。早くこの会話を切り上げたかったから、わざと意味深な言葉を吐いて後を濁そうとした。銀時さんがなにか考えた表情をする。先ほどから燻っていたイライラは今の状況を暗示していたのかもしれない。

「お前、俺のこと好きだろ」
「…は、」


どうしようもなく
くるしくて
なみだがでるのです


「お、おま…なんで泣くんだよ」
「な、泣いてない…」

はっとして目元を指でなぞると確かに濡れていた。嘘、全然そんなつもり無かったのに。自分でも無意識のうちに流れ始めた涙を止める方法なんて解らなくて、そのままぼろぼろ涙を流しながら銀時さんを見ると、ハッとした表情をして口元を手で覆って斜め下を向いて黙ってしまった。一体どういうこと。

「つまり旦那は極度の照れ屋って訳でさァ」
「お、沖田君!?」

再びどこからか沖田君が現れて更に訳のわからないことを言った。ん?まてよ。え?じゃあ…つまり。かああ、と私の頬にも熱が集まる。銀時さんが極度の恥しがり屋なんだったら、もしかしたら、自惚れたっていいのではないだろうか。

「総悟オオォ!」
「じゃあ俺はこれで失礼しまさァ」

抜刀した土方さんが向こうの角から物凄い勢いでこっちに来て、沖田君はダルそうな顔をして走り去って行った。まだやってたんだ。よく体力もつよね。

「なんだったんだアイツら…冷やかしならやり方っつーのがあんだろ」

困ったような顔で首に手をあて銀時さんが2人が立ち去った方をみて言った。先ほどまでの緊迫した空気は水の泡だ。なんだかとてもおかしくなってしまって、私は思わず噴出した。

「ふふっ」
「ちょ、笑うな!これから銀さんが一世一代の告白してやっから」

銀時さんの真赤な顔が本当に愛しい。
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