このままでいていようきっときみは幸せになれるはずだから
だからぼくを覚えていないで




この船に住所なんてものは存在しない。寧ろ存在したらおかしい。京や江戸を動きまわる舟に、確実にものを届けることができるのは、総督の許可が下りている裏の運び屋だけだ。だけど、毎年年賀状が届く。たとえどこで年を越そうとも。たとえ移動中だったとしても。必ずこの俺の部屋の窓から葉書がひらりと落ちてくる。相変らずの下手糞な干支の絵と、「今年のあなたが幸せになりますように」という言葉だけ。住所も差出人すらない、薄い年賀状。だけど今年は来なかった。きっと忘れていたのだ。

「晋助様にお客さんッス」
「客?」
「年賀状持ってるんス、いかにも非力な女って感じの奴が」

思い当たる女がひとりいた。
まさかこんな年の暮れに、今年の年賀状を出しに来たのだろうか。それにしても、何故、堂々と入り口から入ってくる。とりあえず来島に連れて来いと命じて、煙管の灰を落とした。暖房なんてない部屋の刺すように冷える空気が、やわらぐ気配がした。

「こいつッス」

やはりそいつは俺が思い浮かべたあの女だった。ほんの一瞬懐かしい記憶が脳をよぎった。

「久しぶりだなァ」
「……」

来島は何も言わずに部屋から出て行った。部屋には俺と女だけ。女は白く小さい手に白い葉書を握っている。強く掴みすぎて、それには皺がついていた。

「…ね、ねえ、しん…高杉」
「なんだよ」
「高杉、は、幸せになった?」

幸せ、そんなもの、持っていた所でいずれ壊れて消えてしまうものだ。手に入れる必要はない。俺の顔を見て、女は俺の考えている事が粗方理解できたらしい。哀しそうに目を歪めた。哀しみはいらない。一度手に持ってしまうと何時までも消えなくて、なのに何もしなくても勝手に手の中に置いてあることがある。女の泣顔は見ていて不愉快でしかなかった。

「ああ、そうさなァ」
「……」
「いっつも変な年賀状を送ってくる奴が、俺を忘れて普通に所帯持って生活してくれれば、少なくとも俺は不幸ではねえ」
「…そっか」

乱暴に涙を拭う姿が、戦場で血を拭う姿に重なって、女が何も変わっていないことに気づいた。

「じゃあ、もうやめるね」
「ああ、そうしとけ」

どうかどうか、唯一の俺の幸せである女が、日の本に笑っていられるように。
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テーマ「人外ファンタジー」
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