佳主馬(サマーウォーズ)

熱くて、暑くて。咽から汗が滴り落ちるのがわかった。顔は汗と涙でぐちゃぐちゃで、頭の中はいろんな物事がひしめきあってめちゃくちゃで。そんな中で視界にちらつく真っ直ぐな視界だけがその時唯一わたしの目にクリアに映ったものだった。

夏が終って、冬が来た。当然この国には四季があって、当然もうあの夏はもう来なくて、あれが最初で最後で、わたしはなんて愚かなことをしたんだろうと、自分を呪うのも馬鹿らしくなってしまった。ただ懐かしく焦がれていて、ただもう二度と味わえないあの熱量が愛おしくて、ただあの真っ直ぐな瞳に射抜かれてしまいたかったとわたしを後悔の念に突き落とす。冬は寒くて寂しい。世界は瞬く間に色を失って、この世にわたししか存在しないような感覚を覚えさせる。ああ、逢いたい。あの夏に、あの佳主馬に。

「 す き 」

たった二文字の言葉が、わたしの鼓膜を、脳を、視界を、心を、大きく揺らした。あの感覚を、わたしは今でも鮮明に覚えている。だけど、それしか思い出せない。劇的なストーリーも感動的な終焉も。すべてたった二文字の言葉が攫ってしまった。あの二文字がわたしの夏であり、もう二度と帰ってこない佳主馬の、わたしのすべてだった。ただ、混乱して、わたしも彼も極限状態で、めまいがして、とても言葉なんて発せる状態じゃなくて、ただ待ってほしかっただけなのに。
あの時、咽が潰れてでもわたしが声を出していたら、もっとわかりやすく待って欲しいと伝えられたら。

いくら考えても仕方のないことだというのはわかっている。でも、どうしても、あのうだるような暑さに、めちゃくちゃになったわたしに、あの震える二文字に、もういちど逢いたかった。制服のポケットに手をつっこんで、さくさくと鳴る雪を歩く。ああ、いま、わたしは、どうしようもなくひとりだ。ケータイが鳴る。わたしは、誰かと文章を共有する。誰かと。返信する。どうせ、あってもなくても変わらないような内容。さっとめを通して、すぐに返信フォームを立ち上げた。脳内がようやくメールの内容を理解する。ケータイが落ちた。拾う気にもなれない。一体、何がしたいと言うのだ。

「あの夏を、もう一度やり直させてくれませんか」

プライドが高いはずの佳主馬の、必死な敬語が、胸を痛いほど締め付けて、きゅん、なんて可愛げのあるものじゃなくて、過呼吸になりそうだ。あの夏は二度と返ってこない。わかってる。でも、どうしようもなく嬉しい。

「……すき、です」




無慈悲な遠い夏


過去に一つだけ嘘にしたいもの
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