わたしは、職場の上司と付き合っている。外を歩けば人目を引いて、一見ただのおっさんみたいだけど、たくさんの友人を持っていて、たくさんの人から尊敬されて、好かれて、とてもすごくかっこいいひとだ。きっと、たぶんこのひとがわたしがはじめて逢った本当の侍なんだと思わせるような、そんな人だった。だけど、わたしはごく普通に存在する一般人。侍のようなすごい心をもった人とはわたしは違った。俗に言う、倦怠期のような。すごくすごく好きなのに、どうしようもなくそのきもちが伝わらなかった。わたしも、感じ取ることができなかった。もうすぐ別かれてしまうものだと、わたしは薄々感じていた。そんなのいや、なのに。

今日は、普通の一日になるはずだった。朝起きて、いつもどおり朝の支度をして、そういえば今日は燃えないごみの日だと思い出して、重たいゴミ袋をもってアパートを出たら、たまたまこのアパートの大家さんに会った。そこらへんに居そうな普通のオバ…お姉さんの大家さんはゴミ袋を持っているわたしに気がついて声をかけてくれた。明るくて気前のいいオバサンはかぶき町らしい人間で、わたしも結構仲良くさせてもらっている。「おはよう」「おはようございます」何気ない挨拶を交わして、それで終わりかと思いきや、大家さんは妙に距離をつめてきて、わたしの耳元で怪しい声音で話はじめた。「きょうはもえないゴミの日だけど、最近越してきた長濱さんが間違えて燃えるごみを捨てていっちゃったのよ」「そ、そうなんですか?」一体それとわたしに何の関係があるのだろうか。長濱さんといえばわたしの隣の隣の部屋に住んでいる大学生の女の子だ。挨拶をすれば元気よく返してくれるが、なんだかちょっと変わっている。おばさんの息が首にかかって正直きもちわるい。早く離れてほしくて「長濱さんのところに返しておいたほうがいいんじゃないですか?」とさらに言葉を重ねると、おばさんが「でもねえ、長濱さん朝早く家を出てから帰ってこないのよォ」と妙に語尾をあげでさらにわたしに近づいた。この人、一体わたしをどうしたいんだ。「あらあ、どこにいったんでしょうねえ」「ほら、長濱さんてちょっとかわってるじゃない」「あー、確かに」どうやらおばさんもわたしと同じことを考えていたらしい。するとおばさんが、唐突に「わたしこれからどうしてもはずせない用事があるの、」と言ってわたしから少し離れたはやくしないと、送れちゃう「へ、へえ、そうなんですか…?」「ええ、そうなの、だから悪いんだけど…」ヒデ君待ってるかしら…なにか悪い予感がする。「長濱さんが帰ってきたら教えてあげてくれないかしら」「あ、あの…すいませんけどわたし仕事…」「じゃあお願いねー」大家さんはご機嫌に去っていった。わたしに生ゴミたっぷりのゴミ袋をおしつけて。…いやいや、待て。なんだあの黒い文字は。大家さんの後ろに黒い文字が浮んで見えた。ヒデ君って誰だ。もしかしておばさん悪い男にひっかかってるんじゃ…。いや、おばさんのことは正直どうでもいい。もしかして、あの黒い文字…。まさか…いや、まさかね。アハハ。それにしてもどうしよう。これじゃあ仕事にいけない。まあいったって、仕事なんてないんだろうけど。上司に仕事休むって電話して、あとは家の中で大人しくしていよう。人にあったらまたあの黒い文字が見えてしまうかもしれない。長濱さんのゴミをもってすぐに部屋に戻った。ゴミを玄関に置いて中に入っていく。わたしは早速いつもの鞄からケータイを取り出して電話帳の一番上の番号に電話を掛けた。「もしもs「あっちょっと!なにしてるんですか!早く来てください!なんか銀さんが機嫌わるkあべし!!」「ちょっと!お前か!?今なにしてんだ!?電話してる暇あったら早く来い!」電話に出た新八くんが突然奇声を発して倒れる音がした。それと同時に大声で恐らく受話器に話しかけている銀さん。「銀さん…新八くんに何したんですか」「今んなこと関係ねえだろ」あああああ、ったくいまどこにいんだ「…し、新八くんにかわってください」「はあ?お前な「早く」「……」「……」「あの、僕、」「あ、新八くん。ごめん、わたし今日、休むわ」「えっ休むって、何で…」ブチ。通話終了。ソファーに倒れこんで息を吐いた。なんか銀さん機嫌悪いし、休めてラッキーと思うべきかな。特にすることもなくて、長濱さんが帰ってくる気配もなし。…どうしよう。ケータイの音が出るところから、どろりと流れ出るようにあの黒い文字が出てきたのだ。これは普通じゃない。薄月給と上司のセクハラに、わたしは精神的ななにかを病んでしまったのだろうか。…いや、それはない、はず。どうすればいいかわからずとりあえず今日は人に関わるのをやめようと思いソファにおいてあったクッションに深く頭をしずめた。

わたしは頭が可笑しくなったんだろうか。それとも、本当に人の心が判るようになったのか。こんなこと、絶対に人に聞けない。それこそ頭の可笑しい人だと思われる。どうしよう。明日になってもまだ黒い文字が見えたら。ずっと黒い文字を見ないフリをして生きていくんだろうか。無理だ。黒くてほんの少し透けていて感情にあわせてフォントを変えている文字を見てしまったら、相手のきもちが丸わかりだ。表面で笑っていても、心の中でまったく違うことを考えている事が、わかってしまう。おばさんがいい例だった。いつもどおり明るくわたしに話しかけて、ちょっと行き過ぎたスキンシップをとるおばさんは、頭のなかではどこの馬の骨ともつかない男の事を考えて、結局かぶき町の粋なおばさんなんかではなく、ただそんなように装ったただのババアだったのだ。…それにしても、銀さん、すごく、なんというか、怒ってるっていうか、焦っているっていうか…。とにかく荒れていた。

ジャリ、と砂を踏む音がした。こんな急に来たら迷惑だったかなすごく近くからする音だったので、反射的に玄関の方を見ると、ドアの隙間からゴシック体の文字が流れてきた。なんかアイツ、いつもと違ってたしな…そもそも家に居ないかもしれないしこれは…銀さん?怒ってるようにも聞えたよな…どうしたかな、俺、またあいつのこと怒らせちゃったかなただの黒い文字からでも、銀さんのきもちが細かくわたしの中に響いた。なんだか妙な気分になってくる。体が僅かに熱を持った。こんなこと考えてるって、俺。相当末期だな。ぎんさん…。どくん、どくん、わたしの心臓が強く動いている。ああ、俺って本当にあいつのこと

どうしてかわからないけど、足が勝手に動きだしていて、手が勝手にドアノブを回していて、そしたらドアが開いて、今までドアの隙間から流れ込んでいた黒い文字が一気に部屋の中に流れ込んできた。好きだすきだ すきだ だいすきだ 好き、すき ちょうすきその文字のすべてがわたしへの感情で、黒い文字がわたしの名前を呼んで、わたしのことを好きだという。しかもそれはとても深い黒で、まさしく心の底から。そんな感じさえわたしに抱かせた。サンダルをつっかけることもぜずにただ玄関のドアを開け、顔を赤くしているわたしを、銀さんはよくわからないような顔で見ている。その銀さんのきもちも銀さんの体から出て行ったけど、たくさんのすきにまぎれてどこかに行ってしまった。「…おまえ、」「銀さん、ごめん」「え?」「ごめん、なさい」銀さんが一体なにを考えているのかわたしには目録検討もつかない。こんなにたくさんの気持ちのなかじゃ、銀さんの本当のきもちを見つけるのは大変だった。でも、たぶん、全部本当の銀さんなんだ。何故だかわたしにはそれがわかった。突然泣き出すわたしに、銀さんは何を言うでもなく頭を撫でて抱きしめてくれた。ああ、この人が、わたしが心から惚れた人なんだ。銀さんの胸から頭を離してあたりを見ると、きれいに黒い文字は見えなくなっていた。そして足元に、黒い癖のある字で「すき」と書かれた一枚の紙が落ちている。銀さんの字だ。

その後長濱さんにわたしと銀さんの抱擁シーンをばっちり見られていたことが発覚し、さんざん長濱さんに辱められて、翌日わたしはいつもより早めに出社した。そこにはいつもの、いや、付き合いたてのころの銀さんがいて、わたしは聞いてみることにした。「どうして、銀さんも元気なの?」「そりゃあお前、俺も見えたからだよ」「え?」「お前のこころ」銀さんが一枚の紙をわたしに見せてくれた。そこにはまぎれもなくわたしの字で、「すき」と書かれている。なに、どういうこと。

テレパシーイズ
「#オリジナル」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -