坂田さんはすごい人だ。すごいという一言では片付けられないようなことが坂田さんにはあった。わたしは坂田さんを尊敬している。だけどわたしが坂田さんに尊敬の眼差しを向けるたびに、坂田さんは申し訳なさそうな、寂しそうな顔をする。いつもの坂田さんじゃないみたい。

今日は坂田さんのお誕生日だ。もうずっと前からみんなで企画していたお誕生日会は当然今日が本番で、招待されているわたしは朝から緊張しっぱなしだった。わたしの仕事は準備が整うまでの時間、坂田さんをなるべく万事屋や屯所から離れた場所に連れて行くことだ。あれ、これってちょっとデートみたい。おろしたての着物をきて万事屋に行った。神楽ちゃんはめずらしく早起きしていて、はやく坂田さんを連れ出してほしいそうだ。「坂田さあん」「なんだよ、朝っぱらから」「今日はわたしとデートです」「はっ!?」いつもの気だるい格好でわたしの前に現れた坂田さんの腕を掴んで外に出そうとすると、丁度いいタイミングで新八君が銀さんに上着とマフラーを差し出した。そういえばわたしは着物だけだ。まあいいや、坂田さんの手はいつも暖かいし。…わたしは今度こそ坂田さんの手をしっかり掴んで万事屋を出た。

「…どこに行きましょう?」
「おまえ、考えてねーのかよ」

うーんと唸って俯くと頭に坂田さんの暖かい手が乗った。乗っただけで動かない。だけど丁度いい重量感と暖かさに撫でられるのと同じくらいの安心感を感じた。「原付きでどっかいくかぁ」「!、いいんですか!?」「別にいーけど」たのしい一日になりそうだ。


ヘルメットを渡されて、坂田さんの原付きが向かったのは海だった。海、海って、デートとは言えクサイ。そしてただいつもの着物を着ただけのわたしには寒い。「おまえさー、デートとか言って、何がしたいの」坂田さんの態度からして、わたしに突然デートとか言われてとりあえず思いついたのがこの海。塩くさいにおいと、一面の海とコンクリート。ロマンチックな砂浜とかはなくて、ここは漁港だ。坂田さんも後悔してるようで、視線が右往左往している。「わたしは、坂田さんを尊敬していたいです」…。坂田さんは黙り込んでしまった。ざぶざぶうるさい波の音しかしないこの場で、沈黙はかなり痛かった。いきなり吹いた強い風に目を閉じると、顔面になにかがぶつかった。女っ気のない叫び声を挙げて布を剥ぎ取ると、それは坂田さんのマフラーだった。「おまえ、よく聞けよ、あとそのマフラー巻いとけ」どうやら照れ隠しのつもりらしい。坂田さんの耳は真赤だ。なんとかわたしを黙らせようとする空気に、わたしはなんともいえなかった。

「あのな、あの戦争で大切なやつを失った人間はごまんといるんだ。わかるだろ?今時誰の同情も買えやしねえ。今の俺は別に、すごくもなんともねえただの万事屋の旦那だよ」

坂田さんの言葉には、わたしになんとか理解してもらおうとする響きがあった。そして、自分を諭すような言葉でもあった。

「坂田さん」

わたしの首にかかっているマフラーをはずして、坂田さんの首に巻く。坂田さんは意味が分からないとでも言いたそうな顔をしてわたしの行為を見ている。

「お誕生日、おめでとうございます」

どうしよう、言葉がみつからない。苦肉の策で無理やり話題を変えてみた。撃沈。坂田さんなんとも言わないし。なんとなく顔が見られなくて俯くと、マフラーを掴んだままだった両手が坂田さんにとられて、坂田さんの頬に触れた。おお、真赤だ。そんな見当違いな事を頭のなかで呟いてしまうくらいわたしは混乱している。そりゃあ、自分でもわかっちゃうくらい。
「帰ろう」「え?」「もう、帰るぞ」「え、それは」「……なあ、」「なんでしょう」

「ありがとな」

笑えること泣けること

予定よりも早く万事屋に帰ってしまって皆に怒られたけど、ふたりして寒さいがいの理由で顔を真赤にして帰ったらみんなが笑って「仕方ないなあ」と、ちらかった万事屋でパーティをはじめたのだった。
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