ざりざりと静かで人通りのない道に耳に残る音が響いた。いつもなら気にならないはずのそんな音も、いまのわたしにはただ苛立ちを誘うだけだ。やがて無遠慮に開くであろう扉をジッと睨む。まだ視界に入らないあの男がわたしは嫌いでしかたない。ふ、と足を引きずる音が途絶え、次の瞬間には勢いよく扉が開かれた。扉を開いたのはやっぱりあの男。右足には弓が刺さっており、思わず目をそらしてしまうような傷があった。わたしがその右足を凝視していると、その男は「おい」といままでうるさかった割には低く静かな声をだした。ちっとも変わってやいない。たまたまちゃぶ台の上に転がっていた包帯を乱暴に男に投げつけると男はのどを鳴らして独特な笑い声をあげた。

「はやく」
「あ?」
「はやく、帰って」

きように方眉を持ち上げ、ひょうきんに笑った男は「つれねえなあ」といつになく上機嫌に草履を脱いだ。わたしは溜息を洩らし、わたしのまえにどっかりと腰をおろす男の右足に刺さった矢を勢いよく引き抜いた

「今日はえらく機嫌がわりぃんだなァ?」
「そうね、」

矢と言う栓を抜かれた右足からはどくどくと見るだけで痛みをもよおしそうなほど血を流す。それが最近はりかえたばかりの畳を汚す。そしてわたしの眉間の皺はよりふかく刻まれた。乱暴に包帯を巻いてやると、男がまた痩せている事に気が付いた。あの聞くだけでどうしようもなく泣きたくなってしまうような、そんな辛い野望を抱えたこの男は、その野望のためなら自らの体すら捨ててしまうことができるらしい。尊敬した師のために幕府に喧嘩を売るなんて、一見すればとても師を思いやるいい人間に思えるが、いまわたしを押し倒している男は、狂ったような目でわたしに視線をおとしている。この男だって純粋だったのだ。それを、この世は変えてしまった。わたしはそれをただただ客観視して、わたしには関係ないと無理に首を横にふっていた。

「何、考えてる」
「高杉が嫌なこと」

男…もといあの鬼兵隊を率いる総督高杉晋助は一瞬眉根を寄せて、そのあとすぐわたしにかみついた。ばかな男だ。おまえの大切なものはひとつくらい欠けたって、ずっとおまえは持っているのに。おまえのその野望のために、たくさんの大切なものを手に入れたというのに。そのことにこの男は気づかない。だけど、わたしはそんなことぜったいに言ってやらない。大切なものはいつも見えやしないからだ。

にも死んでしまえそうな程、後悔してる

不可視的後悔
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