あたしと佳主馬はテスト勉強をしていた。この三連休明けにテストがあるから、テスト勉強合宿と称してふたりで陣内家にやってきた。夏ぶりの陣内家は秋になって少し落ち着いた雰囲気を持っている。陣内家に来れるって浮かれて、勉強ができていなかったので陣内家では本腰いれて頑張ると決めていた。だからあたしは今佳主馬の隣で一生懸命シャーペンを走らせている。今回は絶対に落とせない、だってこの間ケータイが壊れてしまって(健二さんと長電話していたら佳主馬にぼきりと折られてしまった)、新しいのに買い換えて欲しいと両親に相談したところなんと両親はテストで400点取ってみろと言うのだ。そんなの絶対に無理だと反論しても、中学生のお小遣いで何万円もするケータイを買い換えるのは難しい。だからあたしはこうやって必死に勉強しているのだ。午後1時から勉強を開始して4時間、佳主馬は理科の参考書を閉じた。「どうしたの」と問えば「終った」と短く返されて、佳主馬はもう今日は勉強しないようだった。佳主馬が畳みにごろりと寝転がるのを見届けて、あたしは再び数学のワークに視線を落とした。カリカリカリカリ、とシャーペンの音が開放感のある家に響く。健二さんに教えてもらったように(実は健二さんに電話した理由は数学の解らないところを教えてもらう為で、そこからついうっかり世間話に発展してしまったのだ)問題を解いていく。健二さんの教え方はとても上手で、健二さんは教師に向いてるんじゃないかと思う。眼鏡をかけて中学生の教科書を開くもう少し大人になった健二さん…とってもかっこいいと思う。集中力も途切れてきて、なんとか意地でワークを解いていく。それでも思考は中学生教師健二さんでいっぱいで、なかなかシャーペンが動かない。でもあたしはこの連立方程式を解かないといけないのだ、次は関数のグラフが待っている。休んでる暇なんかない。

「ねえ」

カリカリ、カリ。佳主馬の声と一緒にとうとうシャーペンの動きが止まった。あたしは凄く動揺して、腰には佳主馬の腕がまわされている。後ろから抱きしめられるというのは、とても良くないと思う。耳に佳主馬の息がかかってくすぐったいし、佳主馬の落ち着いた心臓の音があたしの背中から体中に響く。どくんどくんと心臓が煩く鳴って、声が出せない。ぱくぱくと口を開閉するのを見られていないだけ、よかったのかもしれない。

「…っ、佳主馬、あたしね、もうちょっと勉強「ケータイなら僕が買ってあげるからさ」

なんとか平静を取り戻そうとして佳主馬に声をかけるも、ありえない言葉で遮られた。さっきも言ったように、何万円もするケータイを中学生が買うのは無理だ。なのに佳主馬がいつもと変わらない様子で買ってあげるなんていうから、あたしは思わず「はあ」なんてたましいの抜けた声を洩らす事しかできなかった。数秒後、「むり、でしょ」と言うと「キングカズマなめないでよ」と返される。そうだ。佳主馬は確かに中学生だけどOMCの世界チャンピオンでもあったんだ。なんだ、そっかあ、そうだよね、ケータイ壊したのも佳主馬だもんね、佳主馬に買ってもらってもなんにも悪くないよね。そう思うとふらふらと後ろに倒れこむ。当然そこには佳主馬がいて、普段のあたしからは考えられないような行為に佳主馬は目を丸くしたあと、軟らかく笑んだ。



 す き


こんな方程式なら簡単に解けるんだけど、やっぱり数学は苦手だ