わたしは、本当にどうしようもなくあの人が好きだ。ふいに後姿を見かけたり、目が合ったりすると凄く嬉しい。たまにみせる軟らかい笑顔がわたしの心臓をしぼってしまうような衝撃を与える。こんな風なきもちになったのは初めてで、いままで恋というものを履き違えていたわたしはこの気持ちが恋だと知るのに時間がかかった。と、言ってもまだまだ中学生のわたしにはこれこそが本当の恋なんだという核心さえない。でも、いまのわたしにとってこれは正真正銘本物の恋心だった。でもきっと、幼い頃から一緒にいて兄妹のように育ったわたしのことを彼は意識してくれないだろう。
「佳主馬、今日もOMCで勝ったんだってね」
「まあ、ね」
下校時間のほんのひと時が、わたしにとってどんなに嬉しいものなのか、きっと佳主馬は知らない。恋というのは、こんなに苦しいものだったのだ。わたしは気づかされた。今までの友達にあわせた子どもの遊びの一種のようなきもちとは違う。恋とは、儚く愛おしいものなんだと、知った。佳主馬の親戚の人たちはみんな優しくて、特に夏希おねえちゃんなんかは、家族でもないわたしの背中を優しくおしてくれる。夏希おねえちゃんは、わたしのただ一人の恋愛相談の相手でもあった。その細くて大人っぽい手があたしの背中を撫でる度に、わたしの心臓はきゅっと切なくなる。きっと、大丈夫。優しい声がいつもわたしを安心させてくれる。
「夏希おねえちゃん、内緒だよ」
「うん。内緒ね」
「ぜったいに、佳主馬に言わないでね」
「うん。言わない」
そう言ってにっこり笑う夏希おねえちゃんは本当に綺麗でかわいくて、わたしも夏希おねえちゃんみたいな女の子だったら、きっと佳主馬も…なんて考えてしまう。夏希おねえちゃんはわたしの理想のひとだった。夏希おねえちゃんの綺麗な小さな小指とゆびきりをして、今年もわたしは名古屋に帰る。
「ねえ」
「ん?どうしたの」
「さっき夏希姉と何話してたの?」
佳主馬の綺麗な瞳があわたしの顔を覗きこむ。その姿にときめくと同時に、胸がきゅっと搾り取られるような感覚がわたしにやって来る。せつない、せつない。わたしには、佳主馬にきもちを伝えるような勇気はない。
きみを思いわずらう
ひみつ、と人差し指に手を当てて笑って見せると、彼がもどかしそうな顔をする。それがまたわたしを惑わせるのだ。