あたしが尊敬したり憧れたりする人はこの世の中にたくさんいる。まず身近なところでこんな我侭なあたしを一生懸命育ててくれたマスター、マスターの身近にいる今までマスターを支えてきたたくさんの友達、マスターを産んでくれたマスターのご両親。そんなたくさんの人たちの中で、あたしの一番近くにいて、あたしが一番憧れていて、世界で一番大切なひと。マスターがログアウトしている時に自由に行動する事を許されたあたしたちアバターは、このOZという仮想空間を飛び回る。今日の一番のニュースはあのキング・カズマがOMCトップテンのアバターと連戦という企画。もうすぐ始まるその企画に、たくさんのアバターがOMCの会場に集まる。この無数のアバターの群れの中に、キング・カズマの本当の姿を知る人は何人いるだろう。きっと、ひとりぐらいしかいない。いや、だれもいないかも。昨日の晩にマスターが買ってくれた新しいワンピースの裾を握りしめる。データの中の世界だから、あたしのワンピースにシワはつかない。いや、このワンピースはあたしのじゃない。マスターのものだ。あたしの中に、あたしのものは無いのかもしれない。マスターが決めた容姿、マスターが決めたあたしの名前、マスターの性格をデータ化しそれを忠実に再現されたというあたしの性格や思考回路、マスターがくれるアイテムや可愛らしい服、マスターが知り合った友達、マスターがたまたまキング・カズマのマスターの親戚だったから、あたしはキング・カズマを知っている。本当の彼を。世界的スターとして名古屋市に住民登録すらされているキングは、完全にもう一固体であって、冴えないどこにでもいるようなあたしとは違う。あまりにもすむ世界が違いすぎて、あたしはいっつもワンピースのすそを握り締めて涙を堪える。満員になったのかOMCの特設会場の扉は閉められて、大きなモニターからその試合の中継が流されている。あそこに映ってるのは、あたしが一番憧れていて、あたしにとって世界で一番大切なひと。とっても弱い、あたしだけのカズマ。

ただのデータであるときのあたしは、喋る必要がない。そりゃあ、話しかけられれば話すけど、自らは話しかけない。もっと簡単な思考回路を繋いでくれればよかったのに、決められたデータの中であたしはまた苦悩する。涙がでそう。あたしはモニターに映し出されるキングの姿に目を向けることもできずにホームに帰った。





キング・カズマさんとチャットを開始しますか?(Y/N)

この、ぐちゃぐちゃの心でキングと話したくなかった。傷つけてしまいそうで、恐い。ゆっくりとした動きでチャットを断る。すると、ホームの裏側に居たと思われるキングがホームの中に入ってきた。マスターが買った家具、マスターの好きな色で統一されたこの部屋が、あたしには一番おちつく。涙は流れる事はない。あたしの姿はいつもとかわらない。だから、きっとキングにはばれない

「キング」
「なに、それ」

オンラインで自由に呟ける。その機能を使ってあたしは彼の名前を呼んだ。しかし彼はお気に召さないらしい。

「いつもみたいに呼んでよ」
「・・・」
「カズマってさ」

カズマがおもしろくなさそうにあたしの顔を覗きこんだ。頭の中がぐちゃぐちゃだ。キングになんていえばいいのかわからない。カズマがどうしてこんなあたしを大切にしてくれるのかわからない。あたしの何があたしなのかわからない。

「ごめ、ん」
「……」
「もう、わか、ん、ない…」

今のカズマがオンラインなのかオフラインなのか確認してないけど、きっとオンラインだ。だって試合後だもの。どうしよう、カズマのマスターがあたしのマスターにこんなぐちゃぐちゃなあたしを言ってしまったら、マスターに嫌われてしまうかもしれない。そしたら、あたしは一生鍵穴の暗闇の中。い、いやだ。恐い

「大丈夫だから」
「!、カズ…」
「僕、いまオフラインだし」

見透かしたようにカズマが言った。あたしの目からはあるはずの無い涙がぼろぼろと零れている。スカートのすそをぎゅっと握り締めて、カズマの顔を見た。悲しそうな顔、こんな顔をさせているのはあたし…。いや。また頭が嫌なことを考え出す。あたしがどこにいるのか解れば、こんなつらい思いしなくてもいいのに。あたしはマスターの分身で、マスターの仮の姿。なのに自我がある。OZの世界にいるアバターは、みんなそう。あたしもその多くの固体のひとつに過ぎない。マスターだってそう。マスターとあたし。もう、訳がわからない。

「、ちゃんとここにいるから」

カズマの言葉がこころに染みていく。抱きしめられた腕からカズマの温もりというデータが送られてくる。そうだ、はじめから解りきったことだったんだ。いくらマスターでも、あたしの全てを知ってるわけじゃないし、マスターもさっきまでのあたしみたいに、悩んだり苦しんだりするんだ。双子みたいな、ものなんだね。

「あ、」
「?」
「ワンピース、シワがついてる」






心の中に生きているのは罪なのかい



カズマ、と名前を呼ぶとカズマは嬉しそうに目を細め、あたしのことを抱きしめる腕の力をぎゅっとつよめた。オフラインのカズマは、オンラインのカズマよりも甘えん坊さんだった。



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