「……」
「…別に、兄ちゃん怒ってないからさ」

いやいやいやいや、いやいやいやいや(笑)
笑わせないで下さい。怒ってないわけないでしょ!怒ってるじゃん!っていうか怒りたいのはこっちの方なんだけど。
放課後になるや否や教室にお兄ちゃんが来て問答無用で拉致られた。
トシ兄との会話でお兄ちゃんが私を心配してくれて、それでこんな蛮行に及んでるっていうことはなんとなく解ったけど。お兄ちゃん、ボロボロじゃん。ほっぺには一番目立つ殴られた跡があって、口の端が切れてて口を開くたびにちょっと痛そうに顔を顰める。瞼のちょっと上のところが切れてて、放っておいたら腫れてブサイクな顔になりそう。おまけに表情と言えば本当に笑える。なんでそんな顔してるの。眉は本当に申し訳なさ気に下がっていて、少しうつむいた顔で私の様子を伺っている。そしてそしてなにより、きっとお兄ちゃんの心の中はそれどころじゃないだろうに、口が笑ってる。心配すんなよ、なんて言い出しそうな口。
ねえ、お兄ちゃん。
なんでそんなに怪我してるの、なんでそんな顔で怒ってるの。

全部、ぜんぶ、わたしのため。

「えーと、えっと、名前はさ、アレなの?」
「……」
「高杉とさ、付き合ったりしてんの?」

私を心配して、高杉さんをわざと挑発して、殴ったり殴られたりしてきたんだ。なんにも手当てとかしてないじゃん。絶対痛いでしょ、そのほっぺについてる傷。放って置いたら絶対はれるんだから。知らないよ、私、手当て、してあげないんだから。…でもそしたらお兄ちゃん、自分でしようとするでしょ。私が寝るまで待って、それから洗面所で鏡見ながら自分で手当てするでしょ。私が朝起きたら、隣でよれよれのガーゼ当てて寝てるお兄ちゃんが居るんでしょ?お兄ちゃん起きたら、何事もなかったかのように私に向けて笑うんでしょ?「おはよ」って。そうだよ、絶対そう。そんなことされたら、私、泣いちゃうよ。

「…か」
「え?名前、今なんて」
「お兄ちゃんの馬鹿ぁ…どうして、そんな…。」

空気が震えた。呼吸をしたいだけなのにまるで泣いてるかのようにしゃくりあげてしまう。視界は滲んで、ずっと見ていた自分のつま先が滲む。

「っかすぎさんとは、なんでも、ないよ。っく、ただ、その…っ」
「名前」
「ふ、お兄ちゃんなんか、もう…知らないんだから」

アパートを目前にして私の足は違う方向へ歩き出した。背後でお兄ちゃんが動揺してるのが解る。だけどもう戻れない。悲しい。誰も悪くないのに。



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