「んー…」
「どうしたの、坂田、顔色悪いよ」
「ちょっと、あたまが」

英語の授業中。CDから流れてくる流暢な英語が私の頭の中身を締め付けるような気がする。
そんな私の異変に素早く気付いて退君が囁きかけてくる。素直に答えると、退君が立ち上がって「坂田が具合悪いそうなんです、保健室連れてっていいですか」と先生に言ってくれた。先生はすぐにいいよって言ってくれたけど、当然のようについて来ようとする退君を「大丈夫だから、退君は授業うけてよ」と言って制した。総悟と神楽ちゃんが、少し不安そうな目で私を見ていた。

歩くだけで頭に響きそうで、できるだけゆっくりと大人しくしんと静まり返った廊下を歩いて行く。幸い教室から保健室まではそう離れていない。保健室にはすぐにたどり着くことができた。

「失礼しまーす」

軽くノックをして引き戸を引く、が、開かない。どうやら保険医不在のようだ。がっくりと肩を落とす。いないのなら教務室に行くか教室に帰らなければならないが、教務室に行くのは気後れするし、教室に帰ってまた英文を聞くのもなんだか嫌だ。…となれば、サボり、か。この時間帯に誰も居ないのは特別教室か屋上くらいだけど、特別教室はなんだか心がやすまらなそうなので、屋上に向かうことにする。幸い今日は強すぎず弱すぎずの心地よい日差しの日で、良い日向ぼっこができそうだ。再びのろのろと移動を開始する。ぽかぽかと暖かい渡り廊下を歩いていると、偶然グラウンドでサッカーをしているトシ兄と目が合った。トシ兄は目を見開いて、表情で「どうかしたのか?」と聞いてくる。なんでもないよ、と首を横に振ると、トシ兄にパスが来てトシ兄はボールを追って私の見えない所に走って行った。
やっぱりかっこいいなあ、トシ兄。髪が黒いところとか(別に銀色でも問題ないけど)髪がさらさらなところとか(別に天パでも問題ないけど)いつもしゃきっとしてるところとか(別にだらだらしててもいいんだけどね)頭が良くて頼りがいのあるところろか(別にお兄ちゃんに頼りがいがないって言う訳では…あ、名前だしちゃった)。トシ兄は永遠に私の憧れのひとだ。トシ兄とミツバ姉がいい仲なのを知ったときに、私の初恋は終ったのだ。

ゆっくりゆっくり階段をのぼって、屋上へ繋がる冷たい鉄製のドアに手を掛ける。
無意識に深く息を吸って、吐き出すのと同時にドアを捻った。

「ふいーっきもちいーっ」

誰も居ない屋上は、爽やかな風が吹いていてとても心地よい。具合が悪かった事なんて忘れてしまいそうだ。
そのあまりの開放感からまるで幼い子どものようにぐるぐる回って柵の外の景色を仰いだ。果てしなく続く住宅街、ビル。ぽつりぽつりと映る緑。ここからだと私達のアパートも、トシ兄の家も総悟の家も見つけることができた。
上機嫌で屋上を満喫していると、急に入り口の方からガツンという重い音がした。驚いて振り返ると、そこには血のような赤い液体を皮膚につけたウチの制服をきた男の人がいた。
思わずへたり込んで、その人を凝視していると、その人と目が合った。片方の目が眼帯で隠されている。

「テメェ…どこのどいつだ」
「いッ、いいいち1年の、さ、坂田、名前です」
「坂田…?ってことはお前、」

その人は頬についた血を乱暴に拭うと私の隣に腰をおろした。何故か怖い雰囲気は感じない。若干荒い息を整えようと心がけていると、その人は眉間にシワを寄せて私をにらみつけた。

「お前、坂田銀時の妹か」
「え?はい…そうですが」
「…似てねェ」
「よく、言われます。あはは」
「フッ、俺は3年の高杉。」
「あの、あなた…タカスギさんは、お兄ちゃんの友達なんですか?」

尋ねる私を、高杉さんは何故か驚いたように凝視した。

「友達じゃねェ」
「え…」
「知り合い…いや、腐れ縁」
「そうなんですか、へえ、なんか、意外ですね」

タカスギさん、なんて聞いたことないけどな。と思いながらも言わないでいると、急に高杉さんが私の腕を掴んでぐいっと引っ張った。そのまま立ち上がった私と高杉さんの距離は妙に近い。

「あ、ああああの」
「腰抜かしてるみてェだったから」
「ああ、ありがとうございます」

とりあえずお礼を言うと、高杉さんの片方の目がスッと細められた。…うわ。今まで初登場の衝撃と実際のギャップのようなもののせいで気付かなかったけど、この人…高杉さん、すっごい美形だ。

「構やしねェ」

ざわっと風が吹いた。高杉さん…優しい人なんだな



- ナノ -