トシ兄と総悟の携帯がほぼ同時に鳴った。二人はケータイを見て顔を見合わせ、なんだか人の良くない笑みを浮かべた。

「名前、旦那もうすぐここに来やす」
「えっ」
「心配してるみてーだから、行ってやれ」
「う、うん…。」
「ちゃんと謝って、旦那にも謝らせて、手当てしてやれィ」
「わかった。トシ兄、総悟、ありがとう」
「やれやれでィ」
「ったく手の掛かる兄妹だこと」

それでもふたりは笑っていたので、わたしも心が軽くなるのを感じた。ふたりに見送られてトシ兄の家を後にして、すぐ。お兄ちゃんが急ぎ足で歩いている姿を見つけた。お兄ちゃんもすぐに私を見つけて、駆け寄ってきた。

「名前!俺…」
「お兄ちゃんっ、ありがとう!」

お兄ちゃんは、訳がわからないと顔で言った。ちょっと間抜けな顔で、少し笑ってしまう。

「あと、ごめんね。」
「え!?な、なにが…」
「だから、うちに帰ろう。手当てしなきゃ」

お兄ちゃんの手を引いて、夕焼けが燃える道を歩く。ああ、これだ。幼い頃から、ずっと繰り返してきた毎日。

「…俺も、悪ィ」
「いーの、うん。もういいの」

気配で、お兄ちゃんも笑ったのが分かった。きっと今の私は涙で目がはれてるのに笑ってるという、酷い顔をしてるから振り返る訳には行かないけど、それでも今はとても幸せだった。


「…いッた!」
「あ、動かないでよ、もー」
「いや、これマジで痛いからね!お前だったら泣いてるから」
「私喧嘩なんかしないもん。お兄ちゃんの自業自得だよ」
「…ちっ」

やっと手当てが終るころには、お兄ちゃんは少し涙目だった。そんなに痛かったのかな、もうちょっと優しくやればよかったかも。

「ようし、晩御飯つくろ」
「今日は何?」
「今日?んー、何にしよう」
「今日は…アレだな。カレー」

カレー。それは一般的な家庭料理で、比較的全年齢の人に人気がある。我家では当然甘口な訳だけれど、他の一般家庭の例に漏れず割と人気のメニューだ。

「そうか、カレー。いいね」
「あーでも、スーパー行かなきゃな」
「よし、行こう。今日はスペシャルカレーにしよう」

ここで言うスペシャルカレーというのは、ご飯とルーの間にとろけるチーズを入れたもので、これは基本、特別な日にしか食べる事はできない。
しかし今日は特別な日だと言ってもいいだろう。今日は、そう。仲直り記念日。

「お兄ちゃん」
「ん?」
「うへへ、なんでもないよー」

妙に浮かれていた。幸せだった。その気持ちはお兄ちゃんにも伝わったのか、お兄ちゃんは僅かに微笑んで、私の頭をわしゃわしゃ撫でた。



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