好き、だ。たぶん。
ふいに抱きしめたくて仕方なくなったり、その優しさが煩わしくて堪らなくなったり、突き放すと呆気なく消えてしまいそうになるから、慌てて掻き抱く。抱きしめたときの、少し恥ずかしそうな微笑と、消えてしまう直前の慈愛に満ちた笑顔。
両方欲しくて、俺は繰り返すけど、繰り返される事はきっと望まれてない。
だから冷静に、穴が空いたような心臓で考えた。俺は、どうすればいい。

「笑っててよ。消えるときは、十四郎が先ね」

また笑う。いたずらを仕掛けた子どものような笑み。俺を狂わす、ゆるやかな孤を描く唇。

「私が十四郎の全部を見れないなんてやだもん。だから、いなくなるのは十四郎が先」

きっと分かってる。俺が先に去られるのをなにより恐れることを、笑って待ってくれる存在が居る世界から、自ら立ち去る事なんてできないことを。
非道いもんだ。俺をこんなに優しく優しく傷つけてくれるなんて。
自分でも分からなかった弱点を、そっと抉る。そして、なんでもないようにまた、笑う。

愛してる、かなり。
誰よりも、そっと。
見えない落日に、恐れて。

陽が落ちるのが先か、俺が崩れ落ちるのが先か。そんな状況だった。
一瞬視界にあの笑みが映った気がした。
どうして、声になるよりも先に。
答えは永遠に失われた。

「でもね、分かってるけど、十四郎は私と居る限り幸せになれないと思うんだよね」

幸せではなかった。けれど、愛されてはいた。愛してもいた。心臓に穴が空いたような虚無感は消えなかったけれど、それでも不幸ではなかった。絶対。

「だからさ、いつか。はなしてあげるね、きっと。」

わたしがとうしろうから、はなれられるようになったら

派手な血しぶきが、俺を染めた。
ぬるい。

もう、考えなくていいんだな。もう、迷わなくていいんだな。もう、愛を感じたりしなくていいんだな。未来に怯えて、恨んだりしなくていいんだ。全部、全部お前が俺から奪って、お前が俺にくれたものだ。

濡れた頬を冷たい風が撫でた。

ああ、
幸せ、かな。


夕冷め


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