「名前」
ふと吹いた暖かい風で、あの夏を思い出した。
つかの間の熱量にハッとするけど、ここはあの夏ではなく、あたりもまだ寒かった。
ただの一度だけ気まぐれに吹いた暖かい風はもう跡形もなく、まだもう少し完全な雪解けは遠い。そんな今に引き戻される。
お正月に会ったばかりなのに、
もうあの姿が恋しい。
私も佳主馬も高校一年生。大人にとってはどうだか知らないけど、私にとって義務教育を終了するということは結構すごいこと。私も佳主馬も少し大人になって、遠い二人の距離が少し縮まったように感じる。
顔には出せないし、口に出すのも恥ずかしいけど
…はやく会いたい。
「って考えてた」
「あっそう」
寝癖をつけた佳主馬は、おそらく走ってきたのだろう。珍しくはあはあと息を荒くしながら、鬱陶しそうにマフラーを剥ぎ取り、私の首に巻いた。
「…僕も」
細くて長い指で、丁寧にマフラーを巻く姿を見て、自意識過剰でもなんでもなく、佳主馬は結構私を大事にしてくれてるのかもしれないと思った。
「佳主馬も?」
「言わせる気?」
「聞きたい」
「悪趣味」
吐息で笑う。一陣の風が吹く。
やにわの風ではなく、暖かいあなたの両腕に抱かれる。
「会いたかったよ、名前」
そうそう。
その声で名前を呼んで欲しくて、私はあなたのところまで来たの。
宇宙なんて最初からきみとぼくの庭でしかないんです