やっぱり、人間と天人は違う。人間は軟らかくて、堅い。天人は平均的に硬くて脆い。斬るんだったら絶対に天人の方がいい。まあ、どっちも嫌なことに変わりはないけれど。
…なんて勝手な検証をしている間にまた一体の天人が崩れ落ちる。でも終らない。刃の勢いを殺さないまま斜め後ろの天人の首を掻き切り、倒れる瞬間の腰の曲がった天人の背を踏み台にして宙に舞う。できるだけ滞空時間を延ばして、同時に飛びあがってきた小柄な天人達を叩き落す。着地のついでに寸胴で攻撃力の高そうな天人の脳天に刃をぶっさし、とりあえず一旦止まる。奥まで刺さった刀をひっこ抜きながら、まだまだ寄ってくる天人を脇刺しであしらう。それではまた動き出すから、ひっこ抜いた刀で痛みに顔を歪める天人を全部斬る。
そんなことが毎日続く。一昨日も昨日も今日も明日も明後日もずっとずーっと続いていく。
できるだけ頭をからっぽにする。戦うことに集中する。そうしないと死ぬからだ。でもたまに考えたりする。考えなくても頭に浮ぶ。天人の血はどうしてたまに緑色なんだろうとか、こんなことがいつまで続くんだろうとか、私は今辛いのか?とか。そういう時は大抵怪我する。でもまあ、怪我と言っても痛いだけで将来に支障をきたすような大それた怪我は今のところしていない。
日が沈み始めて、視界が悪くなってくると、どちらからとなく戦いは終る。今日は小規模戦線を孤軍奮闘だったので、仲間は2人だけ。じくじく痛む右の太ももをどうしたものかと考えながら、当面の寝床である廃寺に向かった。私は全然気にしないし、奴等に迷惑をかけるつもりのないのに、私が怪我して帰ると奴等は異様に私を叱った。分かってる。私が、女だからだ。
多少なりとも申し訳なさを感じながら廃寺に着くと、先に到着していた桂が私の赤く滲んだ足を見て顔を顰めた。

「またそんな怪我をして」
「大丈夫だよ。すぐ治る」
「そういう事を言っているのではない。お前は女だ…もし傷なんぞ残ったら…」
「傷があるっていう理由で弾くような男なんて嫌だから、平気」
「…もういい。手当てしてやるから来い。そんな血だらけの名前を、銀時が見たら哀しむだろう。」
「はーい」

銀時は誰よりも他人の傷に敏感だった。誰にも気付かれないように、誰よりも深く哀しんだ。護ってやれなかった。そう哀しむ。

「ぎゃっ痛い」
「色気のない声を出すな。」
「どうせ私のことなんて女として見てないでしょ」
「お前こそ、そんなあられもない姿を俺に晒している時点で俺を男として見てないだろう。」
「んー、桂は仲間だよ。大事な」
「ああ、俺もだ」

上に寝巻きの風通しの良い着物を羽織って太ももを晒すという行為は、桂をはじめあの4人の前で無いと流石に私もしない。そしてその4人の中で、一番手当てが上手いのが桂なのだ。だから桂は最早私専属の医務と言っても過言ではない。…いや、流石に過言だったかもしれない。何せ桂はこの攘夷戦争後半戦の中で、狂乱の貴公子なんて中二病高杉よろしい二つ名がつくような奴なんだから。

「おーい、桂はどこじゃ」

どこからともなく辰馬の声がした。ここには仲間が沢山いるから、きっと誰かがこの部屋に居ると辰馬に教えるだろう。案の定辰馬はすぐにこの部屋の襖を開けた。

「桂ここにおったか…名前、またそげん怪我をして帰ってきたか」
「…おかえり、辰馬」

辰馬のいつもの笑顔が、私の足を見た瞬間悲しそうに翳る。ぐっと申し訳なさがこみ上げて、思わず私の声もトーンが下がった。

「そいどん、そげんあられもん姿を晋助に見られたらてそかあ」
(しかし、そんなあられもない姿を晋助に見られたら大変ですね)
「確かに。名前、気をつけろ」
「あいさー!」

勢いよく敬礼のポーズをとると、丁度手当てが終ったらしく桂が軽く包帯の巻かれた足を叩いた。

「っくぁ…!」
「そげんに痛むか。明日は戦えんなあ」
「そうだな。ここで大人しくしとけ」
「そんなあ…」
「文句を言うな。早く直せ」
「はあい…」
「そうじゃ、桂に用事があうんじゃった。
近日中に他の隊と合流すうこっになったで、寝場所の確保と食事についてなんとかしろっちゅうことらしいきに。」
「そうか…まあ何とかならんこともないだろう。俺が後で報告しておく」
「そうか、ならよかんだ」

何時も通りの会話に、少しだけ安心する。今まで何に緊張していたかはわからないけど、安心したら急に眠くなった。そんな私に目ざとく気づいた桂が、私の頭を髪を漉くように撫でながらまるで母親のように言った。

「こら、寝るのもいいが飯を食って風呂にはいってからにしろ」
「うん…服も繕って汚れを落とさないと…」
「夕飯まで時間があいそうじゃっで風呂に入ってきたらいけんだ?」

そうする、と声に出さずに言うと、桂も辰馬も分かりきったように自然に部屋を後にした。紙袋から下着とさらしと着替えを持って立ち上がる。女が極端に少ないこの戦場で、女特有の備品というのは丁寧に、そしてあまり目につかないように使用するのが鉄則だ。いくら気心の知れた仲間が多くいると言っても、ずっと同じ仲間と戦うわけじゃないし、あの4人とはずっと一緒にいるだろうけど、それ以外の輩には何度か迫られたことも無きにしも非ず。桶にタオルと言う定番とも言えるフェイクを持ちいつも皆が集まっている大部屋に行く。

「苗字風呂に入ります!!」
「おー」
「了解。ゆっくりつかれよ」
「お前、その傷で風呂入るつもりか」
「湯船に付けないから大丈夫だもーん」
「お前が今更可愛い子ぶったってちっとも可愛くねえよ!」
「な、なにをー!!」

そんなやり取りを交わす。今笑いあっている奴が、明日帰ったらいないかもしれない。目の前で息絶えるかもしれない。
それでも、少なくとも今は幸せだ。

お風呂から上がると、既に高杉が帰ってきていた。

「おかえり」
「おう、てめえ風呂上りか」
「そうだよ。銀時は?」
「まだ来てねえ、あいつんとこは結構苦戦してたしな」
「銀時が苦戦?」
「いや、仲間死なせねえように奴さん殺んのは骨が折れるだろ、流石に。」
「ふーん…。」

骨が折れる、なんて例えをしたけれど、本当に仲間に気を配って戦うのはしんどい。
自分よりも強い仲間なら安心して背中を預けられるけど(と言っても現状でそんなことができるのはあの4人だけだ。)自分と同等、もしくは技術の及ばない相手に気を配りながら戦うなんてことは、今の私の技術では無理に等しい。そりゃあ、一瞬急所を狙った攻撃をそらしてやる程度のことはできるけど、その程度だ。
銀時が護るって言ったのなら、それは本当に「護る」ことであり、自分ひとりで大群を相手にするのと同じだ。しかも自分の後ろには仲間がいる。苦戦するのも頷ける。
銀時は、頑なだ。仲間を護ることと、自分を犠牲にすることに対して、本当にひたむきだ。見ているこっちが、切なくなるくらい。

「もう外は真っ暗だね」
「あいつは頭含めて真っ白だから、こんな月明かりの晩にはさぞ目立つだろうなァ…」
「はやく、帰ってくるといいね」
「…そうだな」

月が銀時を照らすことが、銀時の妨げになりませんように。銀時が仲間を護りたいと願うのならば、銀時の輝きにおされて、護るべき仲間が敵の目に映らなくなりますように。そして家族同然の皆が元気で、怪我をせず、帰ってきますように…。

「…あ」
「どうした」
「ううん、わかったの。私が怪我するたびに、皆が怒る理由」

私は、こんなにたくさんの物に愛されている。

「…ふん、まあ座れや。そんな足でずっと立ってることもあるめえ」
「え、気づいてたの」
「生まれたての羊みてえにプルプル震えてやがるぜ」
「もう、晋助の馬鹿!大好きい!!」
「キモいからやめろ」

大人しく高杉の横にこしかける。すると、ちょうど開け放たれた戸から月が見えた。妙に明るい月。高杉の好みそうなことだ。風呂場で一緒に血を落とした私の服と裁縫道具を取り出す。まだ湿っているそれに針を刺して縫い始めると、それを見ているのか見ていないのか、高杉が言った。

「お前は俺たちの中で一番弱ぇ」
「そんなこと、」
「だから護ってやりてぇんだよ。銀時もヅラも辰馬も。何がなんでもな」
「…うん。ありがと」
「俺だって、お前がなんでもねえただの女だったらとっくにモノにしてるからな」
「うわあ」
「だからあいつのことも、あんまり心配してくれるなよ」
「…そうだね」

そうは言ったものの、銀時が私にした心配は、想像以上のものだった。

晩御飯を食べ終えた私は、今日も一日を戦い抜いた愛刀を丁寧に手入れしていた。この時間が一番落ち着いて自分と向き合える気がする。
私が女だからと言って私一人だけに宛がわれたこの狭い部屋。布団と少ない着替えと刀の手入れ道具しかないような部屋。そこで考えた。
銀時はもう帰ってきただろうか、そりゃあ帰ってきてるはずだ。疲れてるだろうから、ご飯食べて血を落としてすぐ寝てしまうのだろう。
何故かその時、銀時に会いたかった。無性に銀時の声を聞きたかった。だけど、今私が向こうに行ったってもう寝てるかもしれないし、変に気を使わせてしまうかもしれない。やめておこう。ああ、そうだ。そういえば、銀時は誰かに私の足のことを聞かされただろうか。知っていたらそれでいいけど、知らなかったのなら、知らせないのはなんだか申し訳ないような気がする。どうしてそう思うのかはよくわからない。だけど、やっぱり銀時のことを考えると、今は行かない方がいいような気もする。
そう思って明かりを落として布団に入ろうとすると、向こうから足音が聞えた。少し乱暴な、すこし早い足音。どうしようと頭が考える前に襖が開かれた。

月明かりがまぶしい。だけどそれを一心に受けて、最も輝いているのは銀色の。

「ぎん、とき?」
「お前、足…」
「あ、うん。ちょっとぼうっとしててさ。別に大したことないよ。一週間もすればまた出られるようになるって」

私が自分の不甲斐なさに苦笑いすると、銀時は苦虫を噛み潰したような顔をして私の部屋の畳の上に両膝をついた。

「銀時…どうし」
「お前はなんもわかっちゃいねえ!」

声を荒げる銀時に、私はひるんだ。その隙を銀時が見逃す筈も無く、銀時に両手を掴まれて布団に押し付けられる。

「今だってお前は俺が何もしないと思ってる!甘いんだよ、確かにお前はそんじょそこらの男よりもよっぽど実力がある。だけどな、どこからどう見たってお前は妙齢の女なんだよ。他の奴より狙われやすい。いつか実力が追いつかなくなる時が来るんだ!」
「銀時、」
「もうこれ以上俺を苦しめないでくれよ、頼むから、もうこんな醜いところで…っ」
「銀時、泣いてるの…?」

顔は見えない。だけど、銀時は確かに泣いていた。手を伸ばして頬に触れると僅かに濡れている。それを感じた時、私は何故か銀時が愛しくて愛しくてたまらなくなった。

「…っ名前」
「ねえ、泣かないでよ。私はここにいるよ。ずっと、この戦争が終るまで、私は銀時の傍にいるよ。銀時の傍で、戦うよ。大丈夫、死なない。だって、銀時が護ってくれるでしょ?」
「名前、名前…」

まるで幼い子どものように泣き始めた銀時を、腰を浮かして抱きしめた。銀時も私を抱きしめ返して、起き上がってくれたので素直に銀時に身体を預けた。今はそれでいい。少なくとも、今は私も、そうしていたい。

「ねえ、いつか戦争は終るよ。それは明日かもしれないし、遠い未来のことかもしれない。私たちが勝つ可能性は小さいかもしれないし、こんなに一生懸命戦った私たちを癒してくれる人は少ないかもしれない。だけど、だけどさ」

銀時の腕が僅かに力んだ。この人は、初めて寺子屋に来たあの日から、ずっとひとりの背中を追っている。きっと苦しいだろう。切ないだろう。悲しいだろう。暗闇の中で、光の見えないまま走るのは、私が想像なんてできないくらい、辛く、厳しいものだろう。普通なら皆が手放してしまうものを、一つ一つ拾い上げて、後生大事に守ってる。取りこぼしてしまったものもあったけど、皆はきっと、己の誇りとプライドにかけて戦い抜いたことを、絶対後悔してないから。

「私はここに居るよ、ずっと銀時の隣で、ずっと銀時と同じ方を見てるよ。」

泣いてもいいけど、そんなふうに泣かないで。泣いちゃいけないけど、涙が出ちゃうなんて風に泣くんじゃなくて、もっと皆に縋って。私たちに、銀時を助けさせて。

「銀時はひとりじゃない。勘違いしないで。銀時がひとりで孤独を抱えてたら、私達は助けてあげられないから。それは、とても辛いことだから。」

いつか、未来。
銀時にかけがえのないものができますように。その人を守るためなら、どんな困難にでも皆で立ち向かえるような、強い仲間が。そしてその姿を、私も見ることができますように。


ただ笑っていられる未来が欲しい


「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -