決して曲げられないスジってもんがある。
それは鋼のように厳しく、私の体を締め付ける。そして紙で作った紐のように、簡単に千切れてしまいそうだ。
私はそれを、時に己を律するための拘束具として、時に決して壊してはならない重荷のように扱う。それは邪魔であり、決してなくてはならないものだ。愛でるべきものでも憎むべきものでもない。それは昔から私の傍に寄り添い、どこまでもついてきた。

時はもうとっくに戦争が終った世界。場所は真選組屯所。私は…愚直に告げてしまえば元攘夷浪士の真選組隊士だ。矛盾したふたつの私、どちらも本当の私だ。
国を護る為に政府に背いた。己のスジを貫く為に、数多の命を葬り私の何かを磨り減らした。戦争が終わり、行くあてもないまだ少女だった私を拾い、腕がたつなら雇ってやるとまだ発足したてで安定しなかった屯所においてくれた真選組の皆。
どちらも捨てられない、大切なものだ。

だけど私は恐かった。
攘夷浪士を検挙する自分は、自分に自分で鎖を巻き付ける愚か者のように見えて恐かった。
かつて共に戦線を駆け抜けた仲間の腕に手錠をかける自分が、酷い裏切り者のようで恐かった。
いつか私の過去が真選組にばれてしまうのが、もうどうしようもなく恐かった。
がんじがらめになっている自分が情けなくて、憎くて、それでも自分を曲げる事や、逃げてしまうことはできなくて、首が絞まる。息ができない、酸欠の世界で、いつかくる未来に怯えてる。

「…ひじか、た、さん」

今、かぶき町のどこかに、桂小太郎がいるらしい。
懐かしい名前だ。今は遠くにいる名前だ。

「恐いか」

銀時はまだ、小太郎と仲良くやっているらしい。土方さん達はよく銀時に逢うらしい。

「…こわい、ですか?それは、どういう意味で」

ふたりは、私の顔をみてどんな反応をするだろう。驚くだろうか。

「なんだっていい、死ぬのが恐い、戦うのが恐い、生き残るのが恐い。色々あるだろ」

紫煙が、雨の直前の湿った空を漂い、手の届かない場所で翳んで消える。
現実味のない世界にいるかのようだ。

「そうですね、わたしは、怯えています」

「何に?」

銀時や小太郎に再会することに。また自分にきつく鎖を巻くことに。逃げられないという事実に。愚かな自分に。真選組の皆といられなくなることに。その全てからなる"答え"を見てしまうことに。

「……土方さんは、」

きっと世の中は、裏切り者の私を許しはしないだろう。攘夷浪士だった私、真選組隊士な私。お互いがお互いを裏切り、束縛し、奈落に落とそうとするだろう。私にはそれに、抗う術がない。

「土方さんは、恐くないですか?」

たったひとつの光を求めて走ることが。疑う余地のない正義を自らに課すことが。

「………」

口にだそうとして、やめた。
土方さんは、ひとを斬ることが恐いですか?

恐くない訳がないだろう。苦しくない訳がないだろう。
そして、土方さんが、裏切り者である私を、見逃したりする訳がないだろう。
土方さんの、スジを通す為に。彼は私を殺すだろう。

「恐いよ」
「…何に、ですか」
「お前が、心から俺たちを頼ってくれないことが」

ハッとした。
そして無性に、泣きたくなった。

「すみません」
「謝るな。気長に待つさ」

果たして、その日は来るのだろうか。
きっと来ないだろう。
私が、過去の自分を嘆いたりしない限り。
そして私は、絶対に攘夷浪士であった自分を嘆いたりしない。

「…すみ、ません」

どうしても曲げられないスジが、今とても鬱陶しい。
だけど折る気にはならないし、折ることを誰も望んでいない。
私と土方さんの心は、平行のままずっと伸びていく。誰にも止められない。

「ああ、まったくだ」

紫煙が揺らぐ。吸殻が湿ったアスファルトに押し付けられ、押し付けた本人は形容しがたい、悲しそうなそれで満足なような、澄んだ笑みを浮かべている。

私が、いつかこの人に殺されてしまうのなら、
せめて、その微笑を、私が死んでしまうまでは私のものにさせて。

地球の果てでバイバイするから


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