私がこの世界に来て3年の月日が経った。
最初は慣れないことも多く、夜に枕を濡らすこともあった。だが、そんな時、どこに隠れても必ず私を見つけて、なんだかんだ言いながらも 慰めてくれたのは、総悟だった。
私よりも年下なのに、私よりも大きい背中で、武骨な掌で、戦に出るには似つかわしくないほど幼く繊細な顔で。私と一緒に、私の涙を受け止めてくれるようだった。
真選組の人たちはみんなとても優しい。未来から来たなんてありえないことを言ってる私を、最初は訝しみながらも、少しずつ受け入れてくれて…。もう私の身体じゃ返しきれない程の恩があるのだ。最初は気難しそうで中々近寄れなかった土方さんは、本当は気配りのよくできる、とっても優しいひとだった。この真選組皆のお父さんのような近藤さんは、私のことも皆と変わらず、そう、家族のように接してくれた。山崎さんだって、原田さんだって、皆、みんなそうだ。ずっと皆の傍にいさせて欲しいと思うし、皆のことが大好きだ。
だけど、総悟だけ違う。
総悟だけ。総悟の傍にはいられない。自分が総悟に甘え切っているのがわかるから、総悟に何度も助けてもらってるのに、総悟は私に自分の弱みを見せないことを痛いほどわかっているから。だからどうしても、総悟の傍にいられない。総悟の存在が私のなかでどんどん大きくなる。溢れそうになる。零したくないのに、止められない。
「…おい、名前」
最近、総悟の機嫌が信じられないほど悪い。私が、真選組を出て一人で暮らすと土方さんに宣言したからだ。きっと、総悟にとって私は妹のような存在なんだろう。それはそれでとても喜ぶべきことなのだろうけど、私には耐えられない。はっきり言ってしまえば、私は総悟が好きなのだ。勿論、恋愛感情を伴った意味で。
「ど、うしたの」
情けないけれど、肩が一瞬震えた。話しかけれもらえるのが嬉しかった。総悟の声は、いつもの何倍も低くて冷たい声だったけれど。
怒っているのだ。総悟になにも相談せずに、勝手に土方さんに一人暮らしを宣言したことに。いや、怒ってるんじゃない。心配してくれている。私を心配してくれてるんだ。
「名前、最近俺のこと避けてねェかィ」
ぎくり、である。
「ない、ない。そんなこと、」
「俺の気のせいだって言うんですかィ?」
「そう、きのせいだよ、きのせい」
視線が痛い。逃げてしまいたいけど、逃げたらきっと総悟を傷つけてしまうし、総悟はなにも悪くないのだから逃げ出すことはできない。総悟に宣言せずに勝手にこの屯所を出ようとしている私が悪いのだ。
一応お金の面はいままでしていた甘味屋のアルバイトで最低限大丈夫だし、土方さんも最低週に1回顔をみせるということで納得してもらっている。だけど、絶対的に私が悪い。総悟に内緒にすることは、それだけの罪悪だ。
恐くて、総悟の方を見ることができない。いちど俯いてしまうと中々恐くて顔をあげられなくなる。
「名前」
総悟が好きなんだ。随分前から、とても大切な人だった。素直に言えないことがもどかしくて、嘘を更に塗り固めてしまう自分が憎くて仕方ない。きっと、今総悟が何を言っても私は泣くだろう。総悟が私を責めようと何を言おうと、そこには妹のような私への思いやりが含まれているのだから。
「がんばれよ」
結果として、涙は出なかった。
気づいたからだ。たとえ私が今逃げ出さずとも、十二分に総悟を傷つけていたことに。そして、総悟が涙が出そうなほどに優しい存在であるということに。
そのまま立ち去ろうとする総悟のシャツの裾を掴んで、でも咽から声が出なくて、焦って。総悟の顔を見ると、あるかなしかの微笑みを浮かべてているから、涙が出そうになって。泣いちゃだめだ、私に泣く資格なんかないと自分を奮い立たせて、今思っていることを整理もできずに口から吐き出した。
「ごめんなさい、そうご、わたし、そうごがいないとぜんぜんだめでっわたし。こんなんじゃだめだっておもって。それで、だから、アパート、ひじかたさんに、ひとり、ぐらしで…っこわくて、そうごにいえなくて、わたし、こわくて…っそうごに、嫌われたくなくて、それで…」
「名前、いいんでさァ」
「だめっだめなの、言わなきゃだめなの…わたし、そうごが」
ちゅ、と鳴いたのは私の唇なのかはたまた総悟の唇なのか。私の頭の中にうずまいていたごちゃごちゃしたものは一瞬で吹き飛んでいった。

へっぴり腰で世界を笑えよ


人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -