暖かくてうららかで、らしからぬ言動や態度が目立つ。日光を浴びてうたた寝をする猫のように何にも囚われなくて伸びやかで自由。いい加減に思われるかもしれないけれど、惰性にまみれた生活のなかで決して失うことのない強い信念を臭わせる。それが私の憧れの人、私のクラスの担任の先生。坂田銀八。そんな先生と私の、たった三年間の歴史から、特に印象的だったエピソードを抜粋して、皆さんに伝えておこうと思う。どうしてそれをしようと思ったのか、私にだってよくわからない。ただ、先生のこと、私だけが持っている先生への代えがたい感情を、文章に残して、大人になって少女の私の気持ちを忘れてしまったいつかの私に、伝えられるように。今の私の気持ちを、いま、綴ろうと思う。


私の担任の先生は、けっして私達を傷つけない。多少酷いことは言っても、それは先生が私達を思いやって言ってくれていることだと理解できるし、筋の通らない事を大人の威厳で喚き散らしているのとも違う。だから私は少し調子に乗ってしまった。先生と生徒、ありふれた関係から抜け出してしまいたかった。
「先生」
全てをオレンジ色に燃やし尽くしてしまうような夕日に照らされた校舎。それは甚だしく私の心を逸らせた。生唾を飲み込む。自分がこれからしようとしていることはどういうことか、自分なりに理解して、覚悟もしているつもりだった。断られてもいい、もしも仮に、うまく行ったとして、周りの目に流されたりなんかもしない。その時の私の気持ちは、同級生に対するそれとはまったく違って、心地よい高揚感なんて生易しいものではなかった。だけどその時の私だってたかが中学生、甘いところは間違いなく存在した。
少しずつ、少しずつ、上靴がリノリウムの廊下を鳴らしながら国語準備室に向かってゆく。身体が心臓になってしまったみたいに、鼓動が大きく聞える。どっくん、どっくん、どっくん。
「先生!」
先ほどまでの緊張が嘘のよう。準備室に入室してまず目にとまったのが先生の寝顔だった。この間、授業でやった覚えのあるプリントが先生のよだれの餌食になっている。これじゃあ土方君が可愛そうだ。当初の目的が頭の隅に追いやられている事にも気付かず先生の肩をやわく揺すり、声をかける。しかし起きる気配はない。それどころか眠りを妨げられた事に眉根を寄せ、机に突っ伏し完全防御の体制に入ってしまった。
むっとして、先程よりも強く肩を揺すり声を荒げる。そうするとようやく銀八は瞼を持ち上げ、いつもの1.5倍死んだ魚のような目で私を見た。
「もう」と膨れ面を見せて腰に手を当てている私は、当初の目的なんてもうすっかり頭の端に寄せてしまっていた。もしかしたら無意識にそうさせたのかもしれない。一度決心したといえど、やはり恐いものは恐い。
「先生、プリントが」
「あー?」一瞬怪訝な顔をするも、私がよだれで滲んでしまったプリントを指差すと暫く固まって動かなくなり、そして何かを悟ったかのように「ま、いいさ。成績はもうとってあるんだから」と開き直った。
「…んで、お前は何の用よ」
その問に、無意識に背筋が伸びるのを感じた。そうだ、私は。しかし先生のことを見ていると、そんなことやめてしまおうかと思ってしまう。今のままで別に差し支える事は、まあ同級生の女子生徒に嫉妬してしまうなどのごく個人的な問題を除けばまったくない。むしろ今これから私がしようとしていることの方が、よっぽど差し支えの原因になりそうな程だ。大体、女子高生が高校教師に告白なんて――…
ハッとする。自分は逃げているだけだ。伝えるって決めたのだから、それはちゃんと執行しなければならない。逃げるなんて、そんな私、私が許さない。いけ、苗字名前!お前ならできる。
「せ、先生!」
「おう」
「私、先生の事が好きです!」




「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -