「苗字」
「…ひっじ、かた、君」
どうして。の言葉は結局口から発せられる前に空気に溶けてしまった。部活動のある生徒はもう皆帰ってるはずなのに。
「お前、こんな時間にどうしたんだよ」
土方君は、あえて涙目の私には触れずに話かけてくる。それが嬉しいやら気を使われて悔しいやらで、なんとも返事ができない。
「俺は、部活終った後に銀八に来いって言われてて…だから、」
気まずいのか、一人で喋り続ける土方君。こんな土方君を見るのは初めてだ。頭の中が急激に熱せられている私の頭では、先生に用があるのに扉の前に私が立っていたら邪魔だ。なんていう能天気とも言える事で、これ以上土方君に喋られる前に私はその場から逃げ出した。
土方君の来た方とは逆の方へ。出来るだけ早く、できるだけ遠く。視界が涙で歪んで、真っ直ぐは進めてないように思う。若干蛇行しながら足は自然と教室に向かっていた。どうして走って逃げる必要があっただろうと気付いたのは、無人の教室についた時だった。
「はあっ…はあ…」
恐らく顔は涙と血が昇って蒸気した肌でぐちゃぐちゃだろう。髪もきっと乱れてる。しゃくりかえるように酸素を吸い込みながら、視界が歪んでゆくのを感じた。酸欠、だ。
その場にへたり込む。上を向いて尚も酸素を求めると、3Zの札が見えた。プラ板に黒い文字で書かれたこのクラスの標識。なんでもないただの札なのに、涙を浮かべずにはいられなかった。
壊れちゃった。先生との関係が。Z組での思い出が。全部、私が、崩しちゃった。
「う…っ、うわあー…っ」
頭の胸のあたりが、締め付けられるようで苦しい。




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