「せんせい」
「どうした」
「どうしよ」
もうどうすればいいかわからなくなって、結局私が頼るのは土方先生だった。早朝から学校に来て、煙草を吸いながら花に水をやる先生。その隣にしゃがんで、先生の顔を見なくていいように私は喋った。
「ばれちゃうかも」
「そうか」
「そしたら、どうしよう」
朝から涙を流してしまう訳には行かない。そんなことしたら本当の本当にばれてしまう。
「バイト始めたんだけどね」
「おい、この学校はバイト禁止だ」
「中々うまくいかなくてさ」
「…そうか」
私と先生がどんな秘密を抱えているのかはまだばれてないはずだ。でも、秘密の内容を知らなくても、秘密を持っているというだけで、ふたりは離れて行ってしまうかもしれない。
「先生、言わないでね」
「言わねえよ」
「適当にはぐらかして」
「きっとあいつら不健全な妄想するぜ」
「なんでもいいや」
「いいのか」
先生が煙草を水を吸った土に捨てた。花に水をあげるのに、花壇に吸殻を投げる先生。結局、優しく見える先生にも悪いところはあるんだ。それはしょうがない。ホースを片す先生を視界の端に捕らえながら、立ち上がる。今日も1日がはじまる。とてもうつくしくて、怯えながらでないと笑うことのできない毎日。
「苗字、」
「ん?」
先生が新しい煙草を吸い始めた。白い煙が水分の多く含んだ空気に溶けてゆく。
「お前、苦しくないのか」
ああ、やっぱり
「先生は優しいね」