何か、いい匂いがする。おいしそうなにおい。寝ているのか起きているのかよくわからない意識のなかでぼんやりとあたしはそんなことを考えた。この上なく気持ち良い布団に顔をすりよせる。とんとん、という包丁の音。一定のそのリズムにまた意識が攫われそうになる。きょうはお母さん休みなんだ。こんな朝を迎えるのはいつぶりだろう。お母さんが家にいるなんて、久しぶりすぎてわかんないよ。

「名前」

今日は学校休んででもお母さんと一緒にいよう。久しぶりに、たくさんお話しよう。今日だけはお母さんはあたしのもの。ずっとひとりでお留守番してたんだから、それくらい、いいよね。

「ねえ、起きて」

お母さんを困らせたくて寝てるふりをする。ぽんぽんと肩にふれる指は細くて、あたしの名前を呼ぶ声は心地言いいくらい低い。まるで、男のひとみたいな………え?

「……佳主馬」
「おはよう」

目を開けるとそこにいたのは佳主馬。昨日のエプロンをつけてあたしの方を見ている。…そうか、あたしは昨日から佳主馬の家で暮らすことになったんだった。お母さんが家にいるなんて、ありえなかったんだった。なーんだ。そっか。

「シャワー浴びてきなよ」
「うん」

佳主馬の発言が卑猥に聞えるのはきっとあたしだけではないはず。どきまぎしながら着替えのあるタンスの方へ向かうと、佳主馬がああ、と口を開いた。

「制服、洗面所のところに置いておいたから」
「え、制服?」
「今日から学校」
「ああ、そうだったっけ」

今日は学校か。あたしって転校生なんだよね、大丈夫かな。ちょっと不安はあるものの、佳主馬がいれば大丈夫かな、なんて思う。下着だけを持ってお風呂場に向かった。



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