「おかーさあああああん!」
「あら、どうしたの?」

今は午前9時。本来ならまだ寝てるはずの時間に、私は二階にある自分の部屋から1階にいるお母さんのところまで全速力で駆け下りた。階段で躓きそうになったのと、お母さんがいたのが階段からもっとも遠いお風呂場に居たのとで私は暫く息を整えた。無駄に広いんだよな、この家。

「なんで…」
「え?」
「なんで私の部屋の物が全部消えてんの!?」

そうなのだ。朝起きたら私が寝ていたベット以外、部屋にはなにも無くなっていた。あったのは着替えと思われるワンピースのみ。落ち着いて周りを見てみると家の物がかなり少なくなってる。そしてなぜがお母さんはいつもよりおめかししていた。

「ああ、そうね、言ってなかったわね」

呑気な口調でお母さんが頬に手を当てる。相変わらずおっとりとした母の様子に、思わずため息を吐いた。

「引っ越す事になったのよ」
「は?」

ついたと思った溜息をごくりと飲み込んでしまった。引っ越す?無駄に広いって言ってもやっぱりここは大切な我家だ。

「お父さんの転勤で」

そういえば今日お父さんの姿が見えない。お父さんの転勤…ってことは仕事の用事とかでどこかに行ってるのかな

「フロリダに行く事になったの」
「えっ」

まさか外国とは。私はてっきりそんな遠くない隣の県とかだと思ってた。なんで外国行くとか大事な事を私に言わないんだ。つかお父さんすげえな。

「って、私、パスポートないじゃん」
「そうね、ないわね」
「どうすんの」

お母さんは別段気にしていないようで、相変らずののほほんとした声で「お母さんはお母さんの事情で台湾に行くし…」とかほざきやがった。
確かにお母さんはそれなりにキャリアウーマンで英語以外にも何カ国語か喋れるみたいだし…。…いや、台湾も外国だから私行けないんじゃ

「名前は行かないから大丈夫よ」
「は?」

え?私はは行かないって…この家に残すにしてもじゃあなんてあたしの荷物まで荷造りしてんのよ。と言うと、「あー、この家売っちゃうし」とあっけらかんと言い放った。

「名古屋の友達の息子が一人暮らししてるから、一緒に住まわせてもらう事になったのよ。名前と同い年の男の子居たじゃない。名前は確か…」

池沢…佳主馬くんだったかしら。ほら、OZのOMCチャンピオンの

そう言ったお母さんに、私の視界が暗転した。池沢佳主馬にはまあまあ嫌な思い出しかない。確か両親が同級生だったとかで仲良いんだよな。それで何回かあったことがある。
あの佳主馬と同居…?
いやいやいやいやいや、笑っちゃうよ。「そんなの無理だって」

「でも、もう決まったことだから」

そう言うとお母さんは「ホラさっさと行かないと電車間に合わないわよ。」と言ってとっとと家から私を追い出した。え、ちょ。これが親子の別れですか!?…いやでも、うちってこんなんだよな…もういいや、諦めよう。


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