総悟がお医者さんと話してる。常温に保たれているはずの病院で、あたしは冷えた肩を抱く。無機質な硬いイスのみっつ向こうにはもっとも憎む人。みつばさんはもう手術すらできないほど衰弱しているらしい。肩を抱く手に力を込める。早く、はやくここから出たい。ここは、寒い。

「…有菜」

搾り出すような声に、あたしは返事をしなかった。苦しそうな声、悪いのはあなた。

「…十四郎」

あたしは自分のこういうところが嫌いだった。あたしは傷ついてる人間を、さらにどん底に落とそうとしている。人を拒絶する癖に、一人は嫌い。ずっと、さみしい。あたしが心を許した人が、また世界から消えていく。総悟だけになってしまう。

「俺、どうすれば」
「みつばさんに会ったら、希望を捨てないように笑顔で話しかけること。最後までみつばさんを愛してあげること。みつばさんの手を握って少しでも安心させてあげること。…十四郎は本当に馬鹿だよ。いっつも…」

こんなに弱ってる十四郎を見るのは初めてだ。でもなんとも思えない。弱々しく声を洩らす十四郎にイライラする。

「悪ィ」
「本当に」

黒髪がはらりと彼の掌に落ちる。俯いて何も言わない十四郎に、あたしは口をひらいた

「いっつもクールな一匹狼な癖に大切な人をひとり失いそうなだけでそんなになるなんて、本当にトシはどうしようもないよね。」
「お前…」
「十四郎は、人を傷つけるくせに、」

違う。そうじゃない。もういいんだ。気にしない、ことにしたんだから。

「なんだかんだ言って総悟に話しかけられたら嬉しいでしょ。俺は許されてるってちょっと思うでしょ。あたしがこうやって十四郎に自分から話しかけてるのも、内容は置いといて嬉しいでしょ。勘違いしてるから」
「…」
「十四郎のせいだよ。全部。十四郎があたしのこと拒絶したからあたしは一人になったんだ。だからもともと十四郎のこと良く思ってなかった総悟があたしの見方してくれたんだよ。だから十四郎が一番苦しんだよ。十四郎のことを許してくれたのがみつばさんだったから、十四郎はみつばさんを好きになったんでしょ?あたしだってそうだよ。十四郎への憎しみだけで傍にいてくれるんだよ。そ「有菜!」

聞えたのは、怒鳴るような懇願するような声。それ以上言わないでくれと言わんばかりの。ついに十四郎は嗚咽を洩らし始めた。だらしない。もうあたしは十四郎に不快感しか感じない。

「あたしだって…」
「…有菜、」
「あいされたかった…」

だって総悟は違う。みつばさんを取られた憎しみだけで十四郎の事を敵にしてるあたしの見方になってくれて、それがたまたま今の形に発展したってだけで、あたしは別に総悟のなんでもない。総悟があたしを感情の捌け口に使ってくれるなら嬉しい。あたしは総悟をもっと知りたいとおもう。総悟の変わりに涙を流せるように。でも総悟はきっとそうじゃない。

「全部、十四郎のせいだ…」

言ってはいけない事を言ってしまっている気がした



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