「姉上!あねうえ!」
「みっ…みつば、さ……っ!」

集中治療室に入れられて、あたしたちには近づくことすらできないみつばさんは今、闘ってる。姿を肉眼で捕らえることのできない病魔と。皿の割れる音と共に目覚めたあたしたちは、何事だと下の階に降りた。するとみつばさんが青い顔して台所に倒れていたのだ。すぐそこには割れたカレー皿。怪我しなくてよかったと一瞬安堵の息をもらす。消防に電話を掛ける総悟に、あたしはみつばさんの部屋にかけこんで、もしもの時のための入院セットをとりに走った。記憶はそこまで。やっと今何が起こってるのか理解できて、総悟と一緒に叫んでいる。だけど、その間の記憶がない。救急車が来た時のこととか、されたであろう医者からの話とか、十四郎には連絡したのかとか。ぜんぜんわからない。夢のようだった。悪い夢。リアルだけど現実味のない未来が脳を掠めては消える。みつばさんのいない毎日。誰が総悟を起こすんだろう。誰が総悟のお弁当をつめるんだろう。だれが総悟の着た服を洗濯するんだろう。誰が一日の一番さいごのそうごにおやすみを言うんだろう。誰が総悟を一番に理解してあげるんだろう。だれが総悟の透明な涙を受け止めてあげるんだろう。そんなたくさんのこと、あたしにはできない。足元がふらつく。ガラス越しに見えるみつばさんの痛々しい姿に涙が滲む。

「…ぁ、…」
「…有菜」
「そうご、」
「大、丈夫」
「……み、」
「大丈夫、」

まるで自分に言い聞かせるように「大丈夫」を繰り返す総悟にあたしは何も言えなかった。何も解らない。今みつばさんはどういう状態なのか、どうしてみつばさんを愛しているという十四郎がここに居ないのか、どうしてあたしは泣いているのか。

「みつば!」
「…十四郎」
「、なんで」

なんで、てめえが姉上の傍にいてやらねえんだ

息を乱して走ってくる十四郎。総悟は小さい擦れた声で、でも確かにそう言った。どうして一日に二回も十四郎に逢わなきゃいけないんだろう。やだ、今日は最低の一日だ。



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