「…有菜」
「話が、あるの」

そう言うと十四郎はあたしを近所の公園まで連れて行った。ペンキの剥がれたベンチに腰掛ける。あたしと十四郎の距離はギリギリにまで広げてあった。お互い沈黙を破ろうとしない。あたしは、今になって冷静になって、混乱していた。今になって何を話せば良い、総悟たちの問題はあたしに関わる事を許されなかった問題だ。今問い詰めても、何も言ってくれないかもしれない。

「俺、結婚する事にしたんだ」

とうとう沈黙を破ったのは十四郎だった。ぎり、手を握りしめた。爪が伸びた手で握りしめたもんだから、じわりと血が染みた。それでもよかった。そんなこと、どうだってよかった。

「みつば、さんと?」
「ああ」

弱々しい声が嫌になる。あたしはこんなに弱いんだと、ちっぽけなんだと知らしめているようでとても嫌だ。言いたいこと、伝えたいこと、したいことが頭の中でごちゃごちゃになって体の中に詰まって息がしづらくなる。視線を落としている足にもまた、掌のように血が滲んでいた。あたしはなにをしているんだろう。馬鹿みたい

「総悟は、」
「総悟はおめでとうと言ってくれた」

総悟が?おめでとうって?それ、本気で言ってると思ってるの?今まで嫌に冷たかった心が急に沸騰したみたいに制御が利かなくなって、あたしは思わず立ち上がった。そして、自分のつま先に向かって、吐き出すように叫んだ。

「そうごは! 絶対 総悟はそんなこと思ってない!! 総悟は誰よりも抱え込むタイプで、誰よりも弱いから…」

語尾が小さく震えていく。虚勢をはったって、やっぱりあたしは弱かった。十四郎が立ち上がって、あたしの前に立った。そっと、まるで同情してるみたいに肩に手を置かれる。不愉快だ、きもちわるい、やめて

「有菜は誰よりも総悟のこと解ってるからな」

やめて、あたしと総悟の名前を呼ばないで、そんなふうに哀しそうな声を出さないで。わかってる、解ってるから。誰も悪くない事なんて、はじめから知ってたから・・・そんなふうに言わないで

「ちがう…あたしは誰よりも、総悟に理想を押し付けてる」

総悟は昔からそうだった。容姿も良いし、猫をかぶってるとはいえ周りからの評判もいい。なんでもそつなくこなすタイプだった。だからこそ周りにいろんな理想を押し付けられた。総悟はその理想を現実にしようとしていつも頑張ってた。みつばさんや、周りの人に見られないように隠れて、ずっとがんばってた。
あたしだってその周りのひとたちと変わらない。総悟は誰よりもあたしを解ってくれていて、総悟は一番頑張ってて、総悟は一番強いって。そうあたしの"理想の総悟"を押し付けてた。だから本当の総悟なんて解らない。あたしは理想の総悟しかしらない。総悟を一番理解してるのはあたしだって、総悟の一番近くにいるのはあたしだって。本来その役割はみつばさんが果すはずなのに、かってに横入りして。"理解者"のふりをしてるだけ。あたしはいつだって邪魔者なだけだから。家庭でも学校でも、いま、この場でもそうだ。

「有菜…」

肩に置かれた手を振り払って、再び走り出した。本当にあたしは何がしたいんだろう。何がしてくて、泣いてるんだろう。




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