海へ行く! 2016

 黒いポロシャツを着た談。背中には毛筆風の白い字で『あいらぶ大型犬』と書いてある。真の意味がわからない人から見れば愛犬家だ。犬は連れていないけれど。長い襟足はゴムで括られ、大型の車の、開けたトランクに座って砂浜と海とを眺めている。視線の先にいるのは真っ白いパーカーのフードと帽子を被っている満和。しゃがんでいる足元は通気性の良い素材のタオルを掛けて日焼けを防止している。せっせと砂山を作る相棒は、黒いタンクトップに膝丈のハーフパンツ、裸足のナツ。こちらは焼けても構わないようで、一応日焼け止めを塗ってはいるものの衣服で隠すつもりはない様だ。
 満和のパーカーの背中には緑の筆文字で『猛獣使いの修行中』と、ナツのタンクトップの背中には白い筆文字で『鬼いさん憑いてます』と書いてある。もちろん今年も談の手書きだ。
 車の隣へもう一台の、黒いバンが着いた。


「暑いけど質が違うね。あー磯臭い」


 後部座席のドアを開けて降りてきた佐々木。その後ろからシノが、それから鬼島がのんびりと。運転席から降りてきたのは有澤。いい身体に坊主、サングラスをしている有澤は単純に、ただただ怖い。しかし満和を見つけると微笑んで、近付く。


「砂のお城か」
「難しいんです」
「きちんと水分は取ってな」
「はい」
「ナツさんも」
「はぁい」


 シノは佐々木に日焼け止めを塗ってもらっている。顔や首、腕、足。駐車スペースと浜辺との段差に座り、つま先まできっちり塗られるシノは海を見つめて目を輝かせている。黄色とオレンジのチェック柄のホルターネックビキニの上に白のタンクトップと藍色のショートパンツ。爪には青色のグラデーションがきれいなペディキュア。伸びてきた茶色の髪を緩く右耳の下で結んだシノは小柄でむちむちしたかわいい子だ。


「シノちゃん、ひとりで海に入っちゃだめだよ」
「はーい」
「絶対誰かと一緒にいてね」
「はーいっ」


 ぴょこぴょこ毛先が揺れる。本当にわかってんのかな、と言いたげな顔をしている佐々木は談と同じタイプの黒いポロシャツ、ゆったりした七分の白いパンツ。足元は黄色のビーチサンダル。ちなみにシノのタンクトップの背中には『怖いおじちゃん飛び出します』で、佐々木のポロシャツの背中には『可愛い子いかがですか』と販促のような文字。


「シノくん、海行こ!」
「行くー!」


 ナツの手を取って立ち上がるシノ。佐々木もぬらりと立ち上がり、絵の中でよく見られる陰湿な蛇の目でナツを見下ろす。


「シノちゃんから目ぇ離したら砂に埋めて蒸し焼きにするよ」
「ヒッ、見つめ続けます」


 脅されたナツの腕に抱き着くシノ。満和は談と城造りを黙々と続けている。


「鬼島さんも一緒に行っちゃおうかな」
「あばっ! びっくりした……気配がない」


 ぬっと背後から現れた鬼島に、飛び上がったナツ。別に来なくていいのに、と唇を尖らせて呟くシノ。黒いTシャツに麻のパンツ姿の鬼島はぎゅうとナツの首を抱きしめる。


「あーナツくん会いたかったよ。なんで鬼島さんたちとナツ満和とばらばらの移動なんだろう」
「いっぱい乗ってると満和が酔いやすいから、です」
「ナツくんがいると安心なんだねえ。その気持ちわかるーナツくん空気清浄機能搭載型だもんね」
「いえ、ないです。二酸化炭素排出機能しか」
「さあさあ、一緒に海行きましょうねえ。鬼島さんがねっちょり見守ってあげるから安心してじゃぶじゃぶして」
「あああシノくぅん」
「あ、ナツさん、シノもー」


 ずるずる浜辺を引きずられていくナツの後を追いかけるシノ。腕に抱き着いていたのに鬼島にぺりっと剥されたからだ。ぱたぱた追いかけるシノの背中を見送る佐々木。その後ろではさくさくと有澤が椅子を出し茶を出し、座ってすでに飲み始めている。毎年のことながら、瓶から直接がぶ飲みスタイルで。脇の椅子に座った佐々木はクーラーボックスから日本酒を選んであおった。
 人はまあまあいるが、そこまで騒がしくないビーチ。選んだのは有澤で、近場かつ穴場のスポットをあらゆる人間に聞いて探し出したのがここだった。近隣住民しか知らない、山際の入り江。海水浴可能で、酒持ち込みOK、かつ、駐車場から直接ビーチへ行ける。


「有澤さん」
「ん、どうした満和くん」


 てこてことやってきた満和の手を取り、サングラスを取って見つめる。


「酔わなかったか、車」
「大丈夫でした」
「それはよかった」
「ぼくも、海のほう行きたいです。談さんに言ったら、有澤さんに聞いてこいって言われました」


 大きな目がだめですか、と尋ねてくる。海に入れば肌が荒れることは目に見えているのであまり近づいてほしくないが、連れてきておいて行くなというほうが酷だろう。


「談と一緒に行っておいで。でも気を付けて」
「はい」


 談がいれば大丈夫だろう。
 しかし心配そうな顔をしている有澤の隣で佐々木がふんと笑った。


「何がおかしい」
「猛獣と美少年。童話になりそうだね」
「お前もな。変態と美少女」
「変態は昔から美に異常な執着を見せるもんでしょ」
「ということはお前は正真正銘、正当なる変態だな」
「あーりんに言われたくない。あと過保護すぎなんじゃないの」
「過保護の何が悪い。厳重に保護して悪いことなんかあるわけねぇだろ」


 そーですね、と明らかに気のない返事をして三本目の日本酒を開ける。佐々木の瓶をてきぱきと袋にいれた有澤は、立ったついでに自分のウーロン茶を出した。黒いTシャツの広い背中に『何年経ってもみわが好き』と書いてある。もはや直接的な表現で、まだ満和が気づいていないのが謎なくらいだ。かくりと首を傾げる佐々木。しかし気にしないことにして、再び酒を飲んだ。


「あばばばシノくん溺れる」
「だってここ深いー!」
「白豚ちゃん、ナツくん沈めたらローストポークにするからね」


 波打ち際で見ているだけだった鬼島が海に入り、だばだばしている未成年ふたりを腕にさらって浅い場所まで連れて行く。着衣のままなのは一応周りに対する配慮だ。ちなみに背中には白い筆文字で『ひとナツの愛』と書いてある。
 足がつくところまで戻ってきた三人。ナツもシノもきゃっきゃと楽しそうに笑っていた。
 砂浜に戻った鬼島の服から滴る海水。裾をもって絞る。そこから見えた腹筋はたくましく、雫が飛んだ眼鏡を外して前髪をかきあげると目元が露出した。
 視線を感じて目を海へ戻した鬼島。すると頬を赤くしたナツがふいっと顔を逸らす。


「やだ今のナツくんぎゃんかわじゃない……?」



 岸壁の脇、川と海が交わる場所で、談が満和と並んで眺めている。波が川をさかのぼり、また押し戻されるように帰ってくる。


「なんだか意志があるみたいに見えます」
「そうですね」


 深い色を見つめていたら吸い込まれそうで不安になり、満和はぎゅっと談の手を握った。


「急に手が伸びてきて満和さんの足を掴んで引きずりこむ」
「えっ」
「そんなことはありませんし、させませんよ」


 談が笑って言えば、その通りになるような気がする。北山とよく似た安心感だ。
 頷いて、腕に額を付けた。


「……北山さんに、言いたかったことがあるんです。まだ、言えないんですけど」
「何を、です?」
「……あのとき、守ってくれてありがとうございました、って」
「北山さんはわかってるんじゃないでしょうか」
「でも、言いたいなぁって思うんです」
「きっと喜びますよ、北山さん」
「そうでしょうか」


 妙に静かな二人。それを遠くから見ている佐々木。


「あーりん、あのふたり放っといていいの?」
「何?」
「なんか親密な雰囲気出しちゃってるけど」
「談……!」


 足元が砂浜とは思えないスピードで猛然と走っていく有澤。
 見送る佐々木を、風が撫でる。酒を飲むと二の腕が袖から見えた。焼けただれた痕がある。顔は相変わらず人形じみたものだったが、そこはとても人間らしい色をしている。傷痕だけが人間らしいなんて、と不思議な気持ちになるけれど、こういう場所が一か所はなければ怖いだろう、と考えている。

 そこへシノが戻ってきた。びっしょり濡れたタンクトップに下のビキニの生地と皮膚が透けて素晴らしい。佐々木としては。


「海、冷たくなかった?」
「ううん。ぬるかったー!」
「そう。よかったね」


 タオルを持ち出してきて、肩にかけて拭いてやる。そうしながらシノを見ていたらしき男性グループに目で威嚇することも忘れない。


「おじちゃんは入らないの?」
「塩水なんかに浸かったら萎んじゃう」
「そうなの?」


 シノは大きな目を瞬かせ、佐々木はさも真実のように神妙に頷いてみせる。
 丸いおでこにキスすると、やはり潮の味がした。


「おえ」
「ひどい!」


 ショックを受けたようなシノの頬を撫でて、シノちゃんはおいしいけどね、と囁くと耳を赤くする。こんな素直で大丈夫かと思うが、すぐに自分が一生傍にいるからいいか、と考え直した。


「シノちゃん、何か飲む?」
「うん」
「何にする? あ、そっちはお酒だから駄目だよ」
「うーん、何にしよっかな」


 迷うシノの頭を撫でて、再び座る。当たり前のように膝へタオルを敷き、シノを膝へ乗せて。



 鬼島は濡れないような場所に座って、ナツを見ていた。
 海を漂うナツ。そのまま寝ているのではないかと思うほど静かだ。


「ナツくん」
「はい」
「あ、生きてるね」
「生きてます。ぷかぷかしてるの気持ちいいんですよ」
「今年も一緒に海に来られてよかったね」
「はい」


 波は静かに、何度だって寄せては返す。


「鬼島さん」
「んー」
「波っていいですね」
「そう?」
「同じ浜辺に戻れるじゃないですか」
「……ナツくんも、いつだって鬼島さんのとこに戻ってきてね。どこ行っても、いつでも」
「一回どっか行っても、戻っていいんですか」
「当たり前じゃない。大歓迎ですよ」
「そうなんですか」


 ふかふか、漂うナツ。
 どんな顔をしているのかはよくわからない。わからないが、いつも可愛い。


「ナツくん、どこまで漂うの」
「はっ。戻れなくなっちゃいますね」
「そうだよ。さすがに物理的に流されたら鬼島さん何にもできないよ」
「い、いま戻ります」


 ざぶざぶ泳いで戻ってきたナツ。服を拾って砂を払い、着る。


「あー」
「なんですか」
「ナツくんのおいしそうなボディがしまわれちゃった」
「……」
「そんな目で見ないでくれる」
「だ、談さん」
「逃げないでくれる!?」


 だだだと走るナツ。追う鬼島。
 それを戻りながら見ている満和は元気だなあと呟いた。右手をがっちり有澤に握られ、油断も隙もねえ。と呟く有澤に、余裕で微笑む談。


「嫉妬はみっともないですよ」
「してねぇよ」
「満和さんの手がびっちょびちょになりそうですね」
「またいい雰囲気になられたら困るからな 」


 満和は苦笑い。急に背後から荒い息が聞こえたときはいったいどんな変態が現れたのかと思ったが、振り返ったら見慣れた熊がいたので安心した。談は楽しそうだし、確かに右手は暑いけれどいいとする。


「あ」
「ん?」
「加賀さん、と、右京くん」
「現れたな、ホワイトイケメン……! 満和くんは渡さない」
「また嫉妬」
「うるせぇぞ談」


 ナツが車まで戻ると、急にがばりと抱きしめられた。


「あっ」


 思わず母音に濁点がつくほど熱烈な抱きしめ方をするのはひとりだけで、そのすりすり具合や尻を揉む辺り、思い浮かぶのはたったひとり。


「なつなつ。久しぶりだね元気だったなんか背伸びた気がするなつ」
「久しぶりって言っても二週間前に会ったし背はたぶん変わってないとおも、ぐぅ」
「なつなつなつ」


 ぐりぐりすりすり。
 右京の強烈なハグに息が止まりそうだ。あばば、となっていたら、鬼島と加賀が引きはがした。


「こんにちはなつくん」
「こんにちは加賀さん……なんか見えた……一瞬見覚えのない世界が……」
「もうやめてよね仔猫ちゃん」
「うるせーおっさん」
「あら口悪い」
「ふん」


 ぷい、として加賀の陰に隠れる右京。困ったように笑う加賀。揃いの白いパーカーにグレーのパンツ姿。ちなみに加賀のパーカーの背中には『今年も絶好調に噛まれてます』右京の背中には『人類皆骨と皮』


「遅くなりました」
「いえいえー。ちょうどいいんじゃない。昼ごはん食べた?」
「まだです」
「何食べようね」
「何食べますかじゅるじゅる」
「見ての通りの飢えたナツくんがいるからねえ」


 水着のまま、濡れていても入れる漁師食堂など何件かあるらしい。もちろん有澤がリサーチ済みで、ここへ来るときに一通り道順も確認してきた。歩いて行ける距離だ。


「海鮮と近場の牧場の肉とありますけど」
「肉」
「海鮮」


 ナツと満和とすでに分かれたので、二組でそれぞれの場所へ行くことになった。



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